一つの甕に、五千両が入った
大甕二つを、探し求めて上州
への旅。
赤城山麓へ向かったのは、
中空組の昼立、双丸そして
ももの三人。
宿を出ると、遠くに山並み。
「山って富士山の様に、尖っ
ているのじゃないの。
あの山、平らに見えるけど」
と、もも。
すると昼立が、
「赤城山は七つの峯の総称。
高い順から黒檜山、駒ヶ岳、
地蔵岳、長七郎山、小地蔵
岳、荒山、鈴ヶ岳」
「上州の人は。あの山を、
赤城山でなく赤城山と
呼ぶのよ」
双丸爺さんが、
「せっかく来たのだから。
どこかの峯の石に、片足を
掛け『赤城の山も今宵限
り、生まれ故郷の国定村や
縄張りを捨て国を捨て、
可愛い乾分の手前たちと
も、別れ別れになる首途
だ』の台詞が言ってみたい」
と、冗談を飛ばした。
赤城山の裾野の円周は、
実に25里もある。
富士山に次いで、二番目。
もし、「都わすれ」の女将
おせんから預かった地図が
無かったら。
探し出すのは、まず不可能。
中空組の三人が、
地図に示された場所の近く
に着いたのは暮六つ。
近くに宿らしきものが、
全く見当たらない。
点在する百姓家の中で、
比較的大きな家の前に立ち。
「御免くださいな。私ら旅の
者です。今晩一晩、軒下を
お借り出来ませんか」
と、ももが大きな声。
すると、
家の中から。
若い夫婦らしい男女が、
出て来た。
「赤城神社の参拝にやって
来たが。もう直ぐ陽が落ち
るので、一晩だけ泊めて下
さい。お礼はします」
と言って。
一両小判を一枚、差し出した。
見たことも無い小判を
目にした若夫婦。
声を裏返して、
「ど、ど、どお、ぞお」
と、三人を招き入れた。
百姓家ながら、中々の造り。
若夫婦は、
芋粥と上州の古酒で
精一杯のオモテナシ。
蚕室に、
煎餅布団を三組敷いて。
「風邪を引くので、風呂は
入らない方が良いかと」
と、若夫婦が言った。
旅の疲れと、ほど良い酔いで。
三人は床に就くと寝入った。
蚕室の隙間から、
僅かに月の光が。
昼立とももが、
ほぼ同時に目を覚ました。
「シュー、シュー」
と、音が聞こえる。
「シュー、シュー」
と、何かの音が聞こえる。
■
一方。
榛名湖畔へ向かったのは、
煩悩組の隠居、朝立そして
すずの三人。
榛名湖は、
榛名山の火口原湖。
万葉集に「伊香保の沼」、
として知られる湖。
高崎宿からは。
赤城山と、ほぼ同じ距離。
湖の周囲が、凡そ1.2里。
もし、「都わすれ」の女将
おせんから預かった地図が
無かったら。
探し出すのは、まず不可能。
煩悩組の三人が、
地図に示された場所の近く
に着いたのは暮六つ。
近くに宿らしきものが、
全く見当たらない。
湖畔に点在する民家の中で、
比較的大きな家の前に立ち。
「御免くださいな。私ら旅の
者です。今晩一晩、軒下を
お借り出来ませんか」
と、すずが大きな声。
すると、
家の中から。
老いた夫婦らしい男女が、
出て来た。
朝立が、
「榛名神社の参拝にやって
来たが。もう直ぐ陽が落ち
るので、一晩だけ泊めて下
さい。お礼はします」
と言って。
一両小判を一枚、差し出した。
見たことも無い小判を
目にした老夫婦。
声を裏返して、
「ど、ど、どお、ぞお」
と、三人を招き入れた。
老夫婦は、
山で仕留めた猪の炉端焼き
と、上州の古酒で接待。
板の間に、
煎餅布団を三組敷いて。
「風邪を引くので、風呂は
入らない方が良いかと」
と、老夫婦が言った。
旅の疲れと、ほど良い酔いで。
三人は床に就くと寝入った。
板の間の隙間から、
僅かに月の光が。
朝立とすずが、
ほぼ同時に目を覚ました。
「シュー、シュー」
と、音が聞こえる。
「シュー、シュー」
と、何かの音が聞こえる。
(つづく)
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■
主な登場人(適宜掲載)。
▶鰊真岩志。元・町同心。隠居探偵。
▶鰊真亜治。息子。南町奉行所の町同心。
▶鈴屋双丸。岩志の友人。長屋の大家。
▶大岡越前守。南町奉行所の町奉行。
▶平次。岡っ引き。
▶徳川吉宗。8代将軍。
▶すず。饅頭屋の看板姉妹の姉。
▶もも。饅頭屋の看板姉妹の妹(弟)。
▶昼立。元平尾宿の女郎。次女。
▶朝立。元谷中の女郎。三女。
▶おせん。元女博徒。旅籠の女将。
■本作は、フィクション。
登場する地域・人物・組織等の
名称・写真イラスト等、実在の
ものと無関係。
諸制度や時代考証などの齟齬、
ご容赦。
■添削・校正なしで配信。誤字脱字
ご容赦。
鰯の頭
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