ご存知の如く。
本陣や脇本陣は、江戸幕府が
指定した宿。
3代将軍徳川家光の時代、
参勤交代とともに制度化。
土地の有力者の邸宅が、
陣(宿)の役割を担った。
邸宅の主は、帯刀を許された
が武士ではない。
従って、本陣と脇本陣での
揉め事の処理権限は幕府。
だが今回の、刺殺の現場は。
一般の旅籠内での事件。
況して、被害者は女郎。
加害者である小姓・本多公次
を預かる、前田家の家臣は。
刺殺事件を、本陣に泊ってい
る殿様へ報告することなく。
殺された女郎を、宿の端の
古寺に、無縁仏として葬り。
小姓共々、上尾宿を立ち去っ
て行った。
昼立は、
お玉の屍を遍照院に運び。
石塔を建て、悼み哀れんだ。
石塔の傍に、
「孝女お玉の墓」の立札を。
墓石に彫られた戒名は、
「廊室妙顔信女」とした。
■
隠居一行は、結局。
上尾宿に、一泊したことで。
旅の三日目は鴻巣宿を通り
抜け、中山道最大規模の
本庄宿まで歩を進めた。
本庄宿は、戦国時代までは。
源氏・足利の流を汲む新田氏
の城下町。
本陣が南北に各1軒。脇本陣
が2軒。旅籠77軒。他に
飯盛旅籠が、50軒も。
一行は、旅籠「日野屋」に
投宿することに。
この宿、
名門の高家旗本の日野家に
繋がる格式のある上級旅籠。
都合で、三人部屋が二室。
隠居と双丸とももが一緒。
昼立と朝立とすずが一緒。
高級旅籠に相応しく。
部屋の引戸を開けると、
踏込、前室、主室、床の間。
この広さなら、
優に一部屋で六人一緒でも。
夕餉は、
隠居達の部屋で一緒に。
ももが、男着物で席に。
「中々の男前。すず姐さん
今夜、もも君をお借りして
いいかしら」
と、昼立が言うと。
「お姐さん、冗談はよして。
今夜は、先約済みよ」
と、朝立が昼立を制すると。
一同が、大笑い。
翌朝、
隠居が目覚めると。
前室に床を敷いて、寝ている
ハズのももの布団が空っぽ。
「おいおい、本当に。
昼か朝のどちらかに、
食べられたのか」
と、思わず苦笑した。
ところが、朝餉になっても
部屋に戻って来ない。
双丸が、女子部屋へ行くと。
昼立と朝立とすずの三人が、
仲良く朝餉を食べている。
「もも君は?」
と、訊くと。
誰も知らないという。
「いったい、どこへ」
誰も、皆目見当が付かない。
宿の仲居や下足番に訊いて
も、誰も知らないという。
部屋には。
ももの荷物も草鞋の束も、
置いてある。
荷物を調べると。
江戸から出る際に必要な、
道中手形もそのまま。
見知らぬ土地で、ももは
一体全体どこへ行ったのか。
■
凡そ一月前。
神田旅籠町の目安箱に、
「都わすれに賭博の疑い」
を告発したのは。
実は、女将の「小桜おせん」
本人なのであった。
おせんは。
その昔、自分を慕い追っ掛け
てくれた鰯丸が。
元服後、江戸に移り住み。
町奉行所の同心に。引退
し、隠居の身であることを。
疾うに知っていた。
炭売りで財を成した、
豪商・塩原太助に嫁ぎ。
自らも、時々江戸に来て
本所で生活。
あの鰯丸が鰊真岩志で、
日本堤番所に勤務する姿を、
度々目にしていた。
妻がウニ。一人息子が亜治
であることも、知っていた。
「小桜おせん」の名を、
目にした岩志が、どう反応
するかを確かめる手段が。
あの告発状だった。
おせんの思惑通り、
岩志が自分を訪ね来た。
「やはり岩志は、昔の自分を
覚えていてくれた」
おせんは、それだけで充分
幸せであった。
そして、
合わせて1万両の、
小判の発掘を依頼した
のだった。
一行が、江戸を発った日。
旅籠「都わすれ」に、立ち寄
った際。
おせんは、一番若いももに。
岩志にも内緒で、ある事を
託していたのであった。
(つづく)
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■
主な登場人物(適宜掲載)。
▶鰊真岩志。元・町同心。隠居探偵。
▶鰊真亜治。息子。南町奉行所の町同心。
▶鈴屋双丸。岩志の友人。長屋の大家。
▶大岡越前守。南町奉行所の町奉行。
▶平次。岡っ引き。
▶徳川吉宗。8代将軍。
▶すず。饅頭屋の看板姉妹の姉。
▶もも。饅頭屋の看板姉妹の妹(弟)。
▶昼立。元平尾宿の女郎。次女。
▶朝立。元谷中の女郎。三女。
▶おせん。元女博徒。
▶お玉。武州の女郎。刺殺死。
▶本多公次。加賀藩前田家の小姓。
■本作は、フィクション。
登場する地域・人物・組織等の
名称・写真イラスト等、実在の
ものと無関係。
諸制度や時代考証などの齟齬、
ご容赦。
■添削・校正なしで配信。誤字脱字
ご容赦。
鰯の頭
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