季節は長月初旬。
番所勤めの、亜治と平次を
残して。
六人は、江戸を出立した。
二組に分かれたものの。
高崎宿までの、中山道の旅は
六人が一緒。
二手に分かれるのは、
高崎宿から。
正直、急ぐ旅ではない。
朝五つに、浅草雷門に集合。
浅草寺の境内を抜け。
少しだけ回り道になるが、
神田旅籠町の「都わすれ」に
立ち寄り、おせんに挨拶。
そして岩志は、おせんから。
二枚の地図を受け取った。
本郷、巣鴨を通り、
板橋宿までが初日の道程。
日本橋から板橋宿を含め、
高崎宿まで宿場の数13宿。
距離は、27.5里。
何処へ泊るか自由だが、
そこそこユックリ歩いても。
3泊か4泊で着く勘定。
初日は無理せず。
暮六つには、板橋宿に投宿。
板橋宿は、
平尾宿・仲宿・上宿の
三つ宿の総称。
隠居御一行様は、
江戸寄りの平尾宿に。
昼立は、
春まで、ここに住んでいた。
そして、この宿の他に。
上尾宿や、桶川宿や本庄宿
でも仕事をしていた。
だから、
武州から上州にかけての
土地に明るい。
隠居と双丸が、相部屋。
女子は、大部屋に四人。
「夕餉の前に、一風呂浴び
ましょうよ」
と、朝立の誘いに。
「アタイは、いいから」
と、もも。
四人は、
仕置人になる可也前から。
大まかに、互いのことを
知っている。
つまり、すずとももは。
姉妹ではなく姉弟だと、
言うことも。
それでも、一番年下故。
皆は「ももちゃん」と
妹として、接している。
隠居や他の男どもは、
「もも君」と、呼んだ。
一行は、朝餉後に平尾宿を
発った。
「今日から武州。手前から
蕨・浦和・大宮・上尾・
桶川・鴻巣・・・
さて、何処まで進めるか」
と、隠居。
女子四人は、声を合わせて。
「鴻巣宿まで、頑張ります」
と。
どうやら、
雛人形が買いたいようだ。
双丸が、
「土産なら、帰りにでも。
手前の上尾か桶川で充分」
と、ブツブツ。
順調に昼九つ、上尾宿着。
ここまで来れば、
鴻巣までは二宿。
夕刻までには、余裕。
一行は、昼餉に名物の鰻丼。
上尾宿は日本橋から9里。
江戸を早朝の出立なら、
最初の宿場。
本陣一軒、脇本陣三軒、
旅籠四十軒も。
他にも、飯盛旅籠や茶屋が
多く。住人より旅人が多いの
では、と言われている。
うなぎ屋の隣が脇本陣。
その隣に本陣と、もう一つの
脇本陣。旅籠が十軒。
うなぎ屋3軒。蕎麦屋も
3軒。
然程大きくない宿場ながら、
この辺だけは、賑やか。
なにやら、外が騒がしい。
一行が食べ終わった処へ、
上尾宿の住人らしき連中が、
駆け込んで来た。
連中の話では。
近くの旅籠で、
女郎が殺されたらしい。
耳を欹てると、
女郎は、上尾宿の飯盛女。
名は「お玉さん」。
刺殺した男は。
参勤交代のお伴で、江戸から
国元に帰る途中の加賀藩の
小姓らしい。
殺されたのが「お玉」と知り、
昼立は驚愕した。
自分が上尾宿にいた頃の、
女郎仲間。
お玉は武州一の飯盛女と、
誰もが認める美貌の女郎。
事情を確かめたいと、
店を飛び出して行った昼立
が、半刻して戻って。
「ちょいと、厄介なことに
なった。今夜は、上尾宿に
泊まる。宿は手配して来た」
と、言った。
■
昼立の話を要約すると。
殺された、お玉は享年25歳。
深谷の貧農の娘。
12歳で、高崎宿の飯盛旅籠
に売られ。
その後、
熊谷宿、大宮宿、鴻巣宿、
桶川宿、上尾宿などを転々。
昼立とは、大宮宿で出会い。
幾つかの宿場で一緒だった。
一方、
お玉を、刺殺した小姓は。
加賀藩前田家に仕える旗本
寄合席の庶子、本多公次。
御年、26歳。
本来なら小姓の宿は、
脇本陣なのだが。
事件当夜は、
すぐ近くの旅籠に。
お玉と一緒に泊っていた。
宿の主人の話では。
虎の刻ころ、
部屋から女の悲鳴が聴こえ
急いで行ってみると。
女郎のお玉が、
胸から血を流し倒れていて。
その傍に。
若い侍が、眼を呆然と開き。
脇差を手に突っ立っていた。
刃先には血が、べっとりと。
(つづく)
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■
主な登場人物(適宜掲載)。
▶鰊真岩志。元・町同心。隠居探偵。
▶鰊真亜治。息子。南町奉行所の町同心。
▶鈴屋双丸。岩志の友人。長屋の大家。
▶大岡越前守。南町奉行所の町奉行。
▶平次。岡っ引き。
▶徳川吉宗。8代将軍。
▶すず。饅頭屋の看板姉妹の姉。
▶もも。饅頭屋の看板姉妹の妹(弟)。
▶昼立。元平尾宿の女郎。次女。
▶朝立。元谷中の女郎。三女。
▶おせん。元女博徒。
▶お玉。武州の女郎。刺殺死。
▶本多公次。加賀藩前田家の小姓。
■本作は、フィクション。
登場する地域・人物・組織等の
名称・写真イラスト等、実在の
ものと無関係。
諸制度や時代考証などの齟齬、
ご容赦。
■添削・校正なしで配信。誤字脱字
ご容赦。
鰯の頭
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