隠居(いんきょ)(いわ)()が、

 

「今度の仕事は、知力(ちりょく)より

 体力(たいりょ)()負。日頃の運動不足

 を、解消して欲しい」

 

「三日後。我らは二組(ふたくみ)に分か

 れ上州(じょうしゅう)()つ」

 

双丸(ふたまる)(ひる)(だち)()()の三人は、

 中空組(   なかぞらぐみ)(かしら)は昼立(ねえ)さん」

 

朝立(あさだち)すず(・・)(隠居)シの三人は、

 煩悩組(ぼんのうぐみ)(かしら)はワシ」

 

「昼立姐さんを、中空組の

 頭にしたのは。あの辺の

 土地に明るいと、前に聞い

 ていたので」

 

亜治(あじ)(へい)()は番所(づと)(ゆえ)

 江戸を離れられない」

 

 

「ご隠居さん、組の名前。

 中空(  なかぞら)とか煩悩(ぼんのう)って、ナニ」

 

「それで、上州へ行って。

 何をするの?」

 

と、()()が問うと。

 

 

 

「中空は、中途半端。煩悩は、

 欲望。どちらも仏教用語か

 ら拝借(はいしゃく)。深い意味はない」

 

「ある人に頼まれて、

 ある物を探す旅」

 

と、こんな前置(まえお)きをして、

隠居が話した内容とは。

 

 

告発(こくはつ)状にあった『小桜おせん』

なる女将(おかみ)。ワシの遠い昔の知

り合い。

 

実は二日前。ワシは(はた)(ごち)(ょう)

出向き、女将に会って来た。

 

そこで、ある事を頼まれた。

 

この、

旅籠「都わすれ」の女将。

昔、関東(かんとう)八州(はっしゅ)()小桜(こざくら)おせん」

の名を()せた(おん)博徒(なばくと)

 

 

実に何十年ぶりの、

突然の再会であった。

 

自分と同じだけ、歳を重ね

ているハズ。

にも、(かか)わらず。

昔と変わらぬ、おせん(・・・)容姿(ようし)

に驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

二人は。

遠き昔の想い出を、

翌朝まで語り明かした。

 

その中で。

おせん(・・・)が、こんな話をした。

 

 

 

私は、博徒として絶頂期に

キッパリと足を洗い。

 

上州・新治村(にいはるむら)出身で、

江戸で大成功した豪商(ごうしょう)

(とつ)いだ。

 

その豪商とは。

今、江戸で。

 

本所(ほんじょ)に過ぎたるものが

 二つあり、津軽(つがる)屋敷(やしき)

 炭屋(  すみや)塩原(しおばら)

 

と、

(うた)われる「塩原(しおばら)()(すけ)」。

 

 

太助は、裸一貫(はだかいっか)()ら身を起し

(すみ)()りで(ざい)を築いた苦労人。

 

しかも、その財を。

()しげもなく、道の修復や

神社(じんじゃ)仏閣(ぶっかく)への(とう)(ろう)の寄贈な

ど社会貢献(こうけん)

本当に、立派な人。

 

 

 

 

 

私とは訳あって、

十年ほど前に別れた。

 

二月(ふたつき)ほど前に。

太助から、

こんな手紙が届いた。

 

 

(やまい)で、この先は短い。

 私の隠し金を、生活に苦し

 む者に有意義に使っても

 らいたい。誰に配るかは、

 おせん( ・・・)に任せる」

 

「お金の隠し場所は。赤城山(あかぎやま)

 の(ふもと)と、榛名(はるな)()(ほとり)

 二ヶ所。それぞれの場所に。

 小判で五千両づつ、

 甕(  かめ)に入れて()めてある」

 

「詳しい場所は、おせん(・・・)との

 想い出の場所」

 

 

これが、手紙の内容。

 

手紙を読んで、あの人が

私と別れた理由(わけ)が分かった。

 

あの人は、病気を隠し。

私に苦労させまいと、

したのだと。

 

この(はた)()だって、

あの人が私に()れたもの。

本当に()(ごころ)が、優しい人。

 

 

赤城山の(ふもと)も、

榛名湖の(ほとり)も広い。

しかし私には、どこか分かる。

 

でも、私は上州へ行けない。

見た目は丈夫そうでも、

足腰が弱く、駕籠(かご)でも無理。

 

 

そこで、

場所を教えるので。

私の代わりに上州へ行き。

小判を掘り出し、持ち帰って

欲しいの。

 

 

 

 

 

 

以上が、

(みやこ)わすれ」の女将(おかみ)から

頼まれた、概要(あらまし)

 

 

「よって中空組(なかぞらぐみ)は赤城山へ。

 そして煩悩組(ぼんのうぐみ)は榛名湖へ。

 これが、上州行きの目的」

 

と。

隠居は一旦(いったん)、話を終えた。

 

 

 

「それじゃあ、お仕置(しお)きで

 なく小判(こばん)(さが)しってこと」

 

「見つけた一万両(いちまんりょう)を。

 山分(  やまわ)けするのなら、面白い

 話だけど。違うのね」

 

と。

もも(・・)(そく)落胆(らくたん)の声。

 

 

しかしながら上州行きが。

まさか、大事件に巻き込まれ

る、旅になるとは。

 

誰が考えたで、あろうか。

 

 

(つづく)

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

主な登場人物(適宜掲載)。

 

(にし)(んま)(いわ)()。元・町同心。隠居探偵。

▶鰊真亜治(あじ)。息子。南町奉行所の町同心。

鈴屋(すずや)双丸(ふたまる)。岩志の友人。長屋の大家。

大岡(おおおか)越前(えちぜん)(のか)()(みな)(みま)()行所の町奉行。

(へい)()。岡っ引き。

徳川(とくがわ)吉宗(よしむね)。8代将軍。

▶すず。饅頭屋の看(本当)姉妹(は姉弟)の姉。

▶もも。饅頭屋の看(本当)姉妹(は姉弟)の妹(弟)。

(ひる)(だち)。元平尾宿の女郎。次女。

朝立(あさだち)。元谷中の女郎。三女。

▶ウニ。岩志の家内。

 

■本作は、フィクション。

 登場する地域・人物・組等の名称・

 写真イラスト等は、実在のと無関係。

 諸制度や時代考証などの齟齬、

 ご容赦。

 

■添削・校正なしで配信。誤字脱字

 ご容赦。

 

鰯の頭

 

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