徳川吉宗が、享保(きょうほう)改革(かいかく)

一環で設置した「目安箱(めやすばこ)」。

 

 

これに(あやか)ってか。

 

武家(ぶけ)屋敷(やしき)商家(しょうか)(はた)()や、

驚く事に長屋(ながや)までにも。

私設の「目安箱」が置かれた。

 

幕府が設置した「目安箱」

への投書は。

 

住所と氏名の記入は、必須(ひっす)

そして、私恨(しこん)(から)むものは

破棄(はき)されていた。

 

 

だが、

私設の「目安箱」への投書は。

匿名(とくめい)でも私恨でも、なんでも

有りだった。

 

 

 

神田川に()かる「昌平(しょうへい)(ばし)

界隈(かいわい)を「(はた)(ごち)(ょう)」と呼ぶ。

 

ここは、

中山道(なかせんどう)日光(にっこう)街道(かいどう)の、

分かれる処。

江戸を出る者、江戸に着いた

者の為に。

必然的に旅籠が建ち並んだ。

 

 

旅籠「(みやこ)わすれ」の女将(おかみ)

 

昔は、(おん)博徒(なばくと)

小桜(こざくら)おせん」の名を、

関東(かんとう)八州(はっしゅう)(とどろ)かせた姐御(あねご)

 

 

長月(ながつき)(9月)ある日。

「都わすれ」から道を(へだ)てた

旅籠「旅情(たびごころ)」の目安箱に。

 

ある告発状が、投函(とうかん)された。

 

「都わすれ」が、近ご()(ょう)(はん)

賭博(とばく)開帳(かいちょう)している。

隠れ賭博は()(はっ)()のハズ。

 

所轄(しょかつ)の、柳原堤(やなぎはらつ)番所(つみばん)(しょ)

役人は同心も岡っ引きも、

女将からの賄賂(わいろ)で口を(つぐ)

んでいる。

 

差出人は匿名(とくめい)で、「浮世(うきよ)(ぐさ)

と書かれていた。

 

 

大江戸八百八町。

隠れ博打場(ばくちば)は、五万(ごまん)とある。

一々(いちいち)取り締まってなんて、

いられないのが実情。

 

だが隠居(いんきょ)(いわ)()

女将「小桜おせん」の名に、

若いころの上州(じょうしゅ)を思い出し

ていたのだ。

 

 

隠居の(にし)(んま)岩志。

元は、南町奉行所の同心(どうしん)

家督(かとく)を息子の亜治(あじ)に譲り、

悠々自適(ゆうゆうじてき)の隠居暮らし。

 

 

岩志の出生地は。

上野(こうずけの)(くに)上州(じょうしゅう)」。

 

父親(おやじ)は、高崎(たかさき)藩主に(つか)えた

下級武士「足軽(あしがる)」。

 

岩志は、元服(げんぷく)まで上州育ち。

父親の江戸屋敷勤務に伴い、

江戸へ移り住んだ。

 

たまたま機会があり、

町奉行所の下働きの職に。

 

持って生まれた「探偵(たんてい)(だましい)

(こう)(そう)し。

三十歳を待たずに、

本来なら御家人(ごけにん)職の同心に

足軽のままで、異例の昇格。

 

 

その後、

大岡(おおおか)越前(えちぜん)(のか)()南町奉行に

就任。

 

大岡は、老中(ろうちゅう)を説得し。

岩志の身分を、御家人に変更

する許可を取り付けるも。

岩志が、これを固く辞退。

退任するまで、足軽同心を

通した。

 

ただし、幸いにも。

息子の亜治への家督(かとく)継承(けいしょう)

合わせ。

(にしん)真家(まけ)の身分は、

正式に御家人となった。

 

 

「小桜おせん」の名を、

告発状で目にした岩志。

若き時代の、上州が(よみがえ)った。

 

 

江戸から、上野(こうずけ)信濃(しなの)美濃(みの)

近江(おうみ)、そして(きょう)(つな)がるの

が中山道。

 

上野(上州)には七つの宿場がある。

中でも城下町の高崎(たかさき)宿(じゅく)は、

一際(ひときわ)(にぎ)わっていた。

 

 

 

 

 

岩志は15歳で元服。

それまでの幼名(おさなな)は「(いわし)(まる)」。

 

元服して間もなく、(にし)真家(んまけ)

江戸へ移り住むことが決ま

った。

 

だが、岩志は高崎を離れたく

なかった。

 

理由(わけ)は、単純。

「おせん(ねえ)さん」と、

離れたくなかったから。

 

 

(いわし)(まる)が初めて博打(鉄火場)場を(のぞ)

たのは、十三歳のとき。

 

そこは、高崎宿の(はし)(はた)()

 

蝋燭(ろうそく)(あかり)に浮かぶ、

長さ二間(360㎝)(ぼん)(きれ)の中央に

座る女子。

 

手にはツボとサイコロ。

片肌(かたはだ)立膝(たてひざ)姿で。

 

(はい)ります!」

 

の一声。

 

 

 

 

目を()らすと、

 

 

背中(せな)()らした 桜の花は

 さらし木綿(もめん)の 肌に降る

 (つぼ)をひと振り この啖呵(たんか)

 上州(なまり)か 小桜おせん

 恋の(さい)の目 蚊帳(かや)の外」

 

(おんな)伊達(だて)らに 立膝(たてひざ)組めば

 八百八町(はっぴゃくやちょう)の 花となる

 (かん)八州(はっしゅう) 旅がらす

 誰が名付(なづ)けた 小桜おせん

 恋の丁半(ちょうはん) 雲の中」

 

 

鰯丸は。

蝋燭の(ほのお)に揺らぐ、

 

「白い指先 (べに)あと」

 

に、

一瞬で心を奪われたので

あった。

 

 

それからと言うもの。

 

鰯丸は、

新町(しんまち)宿、倉賀野(くらがの)宿、(いた)(はな)宿、

安中(あんなか)宿、松井田(まついだ)宿、坂本(さかもと)宿、

そして高崎(たかさき)宿と。

 

上州中山道の、

七つの全ての宿場を。

 

()いたさ一心(いっしん)で、

おせん(・・・)」を追っ掛け

たのだった。

 

 

当時おせん(・・・)は、

鰯丸より5つ年上。

だから、今では。

それなりの年齢(とし)のハズ。

 

それでも、

岩志の脳裏(のうり)に浮かぶ

「小桜おせん」の姿は。

あの頃のまま。

 

 

 

「ご隠居さん、先程から。

 ぼんやりして、何か変よ。

 私達への指令は、なあに」

 

と、(ひる)(だち)が再び()かした。

 

 

(つづく)

 

 

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主な登場人物(適宜掲載)。

 

(にし)(んま)(いわ)()。元・町同心。隠居探偵。

▶鰊真亜治(あじ)。息子。南町奉行所の町同心。

鈴屋(すずや)双丸(ふたまる)。岩志の友人。長屋の大家。

大岡(おおおか)越前(えちぜん)(のか)()(みな)(みま)()行所の町奉行。

(へい)()。岡っ引き。

徳川(とくがわ)吉宗(よしむね)。8代将軍。

▶すず。饅頭屋の看(本当)姉妹(は姉弟)の姉。

▶もも。饅頭屋の看(本当)姉妹(は姉弟)の妹(弟)。

(ひる)(だち)。元平尾宿の女郎。次女。

朝立(あさだち)。元谷中の女郎。三女。

 

▶ウニ。岩志の家内。

 

■本作は、フィクション。

 登場する地域・人物・組等の名称・

 写真イラスト等は、実在のと無関係。

 諸制度や時代考証などの齟齬、

 ご容赦。

 

■添削・校正なしで配信。誤字脱字

 ご容赦。

 

鰯の頭

 

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