仕置人「秘桜」四人の女子。
表向きの仕事は。
昼立と朝立の姉妹は、
隅田川沿いの花川戸で。
「鼻緒屋」を始めていた。
下駄屋と違い、ただ並べて
置くだけの商売。
ずずとももの姉妹は、
これまで通り双丸の処で。
饅頭屋の「看板娘」。
葉月の末。
・日本堤番所の「御用提灯」
・饅頭屋の「看板の下」
・吾妻橋脇長屋の「木戸」
の、
いずれにも「黄色い布」が
垂れ下がった。
その日の夜五つ。
雷門前の蕎麦屋の二階に。
「秘桜」8人衆、全員が集合。
「いよいよ戻り鰹が旬。
今夜は、鰹蕎麦でいこう」
と、隠居の岩志。
食べ終わるのを見計らい。
「目安箱は、和田倉門の評定
所の前に設置されている。
将軍が全て目を通す、とは
建て前。城内の若年寄が、
適当に見て、ポイ捨て」
「目安箱の投書に、こんな告
発が。私的な事柄なので、
役人は動かない。面白そう
なので、皆の意見をお聞き
したい」
と、隠居が言った。
投書の内容を、要約すると。
・差出人の名は「紀乃」。
・日本橋大伝馬町の呉服商
「小丸屋」の奉公人の手代。
・告発内容は、以下の通り。
この店。毎年、番頭を手代
達の投票で決めると言う
斬新な方法を。採用して
いる」
「しかし。今の番頭の兵助は
人気集めに、手代へ金銭
を配っている」
「金の出処は、兵助が開く
親睦会の参加費が原資」
「親睦会の参加券が、手代へ
割当てられ。割当を超えて
売り捌くと、その分が後で
還流される仕組み」
「参加券は二分金と高額。
だが、親睦会の内容に魅力
が無く。食事もお茶と饅頭
だけとお粗末」
「親睦会は。年、数回開催。
その度に参加券を売り捌
くのが大変。それでも、
還流金は、給金とは別なの
で家計簿へ記載すること
なく自由に使える。有難い
金なので、毎年兵助に1票
を投じてしまう」
「どの行為も、法度違反でな
いので。どう対処すべきか
悩んでいる」
隠居が、
「以上が、内部告発の概要。
なにか質問は」
と問うと。
ももが、
「何が、問題なの?
私たち何をするのですか」
と言った。
言われれば。
兵助の行為に違法性は無い。
朝立が、
「でも、投票は。公正に為さ
れるべきもの。お金で票を
買うのは、駄目なのでは」
昼立が、
「そもそも、中身が無く。
粗末な食事の親睦会で、
二分金の参加券は。ぼった
くり茶屋より酷い」
すずは、
「誰でも、自由に使えるお金
って。欲しいのでは。それ
に、券を買って親睦会に参
加する人だって。手代や番
頭に恩を売ることで、普段
の買物での恩恵が期待出
来るし。これぞ、近江商人
の『三方よし』の教えよ」
と、
それぞれが。
自分の考えを、述べた。
双丸、亜治、平次の男どもは。
額に皺を寄せ。
腕を組んだまま、黙り込んで
いる。
「やはり。幕府の若年寄ども
が、敬遠する内容。我ら
仕置人の出番は無いな」
と、
隠居が言い掛けたとき。
亜治が、徐に手を挙げ。
「皆さん、もっと鳥の目に
なって下さい。問題の本質
に、目を向けるのです」
「この問題の出発点は、番頭
の選出方法にある。投票と
言う、公平に思える方法だ
が。現実には、票が金で買
われている」
すると双丸が、
「他に公平な方法があるか」
と。
不透ず亜治が、
「それは、投票です」
と。
「なんだ、同じじゃないか」
と、双丸。
「いや、投票は同じだが。
親睦会の参加券の値段を
1枚2両にする。それほど
高ければ、誰も買わない」
「三方よし、を逆手に取る
策は。三方悪し、が良策」
若いながら、中々の知恵。
我が息子ながら、感心した
ものの。
「同じ様なことは、
いつの時代でも」
と、
思う隠居の岩志であった。
■
「まさか、こんな話で呼び出
された訳じゃ。ないよね」
と、いつも冷静な昼立。
「その通り。少しだけ目安箱
に、関係があるが」
と言って、隠居が伝えた
「秘桜」への指令とは。
(つづく)
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■
主な登場人物(適宜掲載)。
▶鰊真岩志。元・町同心。隠居探偵。
▶鰊真亜治。息子。南町奉行所の町同心。
▶鈴屋双丸。岩志の友人。長屋の大家。
▶大岡越前守。南町奉行所の町奉行。
▶平次。岡っ引き。
▶徳川吉宗。8代将軍。
▶すず。饅頭屋の看板姉妹の姉。
▶もも。饅頭屋の看板姉妹の妹(弟)。
▶昼立。元平尾宿の女郎。次女。
▶朝立。元谷中の女郎。三女。
▶ウニ。岩志の家内。
■本作は、フィクション。
登場する地域・人物・組等の名称・
写真イラスト等は、実在のと無関係。
諸制度や時代考証などの齟齬、
ご容赦。
■添削・校正なしで配信。誤字脱字
ご容赦。
鰯の頭
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