八代将軍・徳川吉宗は、
飢餓と疫痢で死んだ者の
慰霊と悪疫退散を願い。
隅田川に架かる両国橋で、
「花火大会」を始めた。
花火大会の当日。
隅田川には、多数の屋形船
が浮かんでいる。
一隻だけ、障子が閉まった
ままの屋形船が。
中には、
「昼立、朝立、ずず、もも」
そして、
「岩志、双丸、亜治、平次」
の計8人が、乗っていた。
皆は、それぞれ個別に。
仕置人になることに、合意。
「我ら、仕置人寄合仲間。
何か良い名前を付けよう」
と、ご隠居の岩志が提案。
それぞれが、
・鴨川の月(昼立)
・牡丹雪(朝立)
・絆坂(すず)
・花乱舞(もも)
・桟橋時雨(岩志)
・蝉しぐれ(双丸)
・花わずらい(亜治)
・秘桜(平次)
全員が。
これは、と言う名を挙げた。
決まったのは、
平次が推した、「秘桜」。
合言葉は「闇をすり抜け」。
寄合の合図は。
・日本堤番所の「御用提灯」
・饅頭屋の「看板の下」
・吾妻橋脇長屋の「木戸」
の、いずれかで。
「黄色い布」を見たら、
雷門の蕎麦屋の二階へ、
夜五つに集合する。
が、決まった。
「そろそろ障子を開けない
と、怪しまれる。もうすぐ、
花火が打ち上がるぞ」
と、双丸が言った。
■
「秘桜」の出番が、
直ぐにやって来た。
全員が、急な階段を上った
蕎麦屋の二階に集合した。
「おーい。二階は、満席だ。
客を誰も、通すな」
と、
双丸が階下の主人に、大声で
叫んだ。
「早く、早く話して」
と、急かす、もも。
「話は、二八蕎麦を食べた
後に」
と制したのは、隠居の岩志。
「どうして、二八蕎麦って
言うの。誰か知ってる」
と、
またもや、ももが質問。
「それは、諸説ある」
と、双丸。
「蕎麦の値段は、十六文が
相場。通の間では隠語が
流行。そこで九九の、
二掛ける八は十六から、
この名が」
「いや、単純に。つなぎの
小麦粉が二、蕎麦粉が八の
割合から。この説も有力」
こんな話をしている内に、
皆が蕎麦を食べ終えた。
隠居が、
声を落とし話し始めた。
「初仕事は、この季節に
打って付け。こわ~い
事件じゃ」
「もも君。番町皿屋敷を
知っているか」
「知っているよ。
いちま~い。にま~い。
恐い話でしょう」
「なら、話は早い。同じ様な
出来事が日本堤番所の、
管轄地域で起きた」
「厄介なことに標的は、
大名の江戸屋敷。町奉行
所の所轄外。最終的には
大名を監察する大目付が
裁くことになるが。上様
から、大岡様へ直々の命が
下った」
「越前守殿も、表立っては
動けない。そこで、我らの
出番」
「昼立と朝立は、座敷方の
上女中。ずずとももは、
台所方の下女中になって
屋敷に潜入してもらう」
「え~。下女中ですかぁ。
上女中が、いいなぁ」
と、不満気なもも。
■
そこは、
両国橋から程近い。
本所松坂町の、とある大名
の江戸下屋敷。
近くには、
「赤穂浪士の討ち入り」で
有名な、吉良邸もある。
はっきり言えば、
米沢藩上杉家の江戸下屋敷。
殿様は立派なのだが。
跡継ぎの「壁景」が放蕩息子。
この壁景。
屋敷の女中に、次々と手を
付け。気に入らないと。
「手に皿を持たせ、一刀の
もとに斬り捨て。井戸に
投げ込む」
と言う、
畜生にも劣る振舞い。
噂では、
これまで井戸に投げ込まれ、
命を絶った女中の数。
十三人とも十四人とも。
夜ともなると、
下屋敷の井戸から。
「いちま~い、にま~い」
と。
若い女の声が。
するとか、しないとか。
故に、いつも人手不足。
勤めようと思えば、
いつでも屋敷に入れる。
上杉家は、
元々は豊臣側の幕臣。
関ヶ原合戦後に、
徳川側に就いた外様大名。
先の吉良邸討ち入りでも、
高家(幕府と朝廷を取り持つ
役)の吉良を守らず。
赤穂浪士側に、内々に加勢。
ある意味、目障りな大名。
将軍吉宗は、
跡継ぎ息子の乱行を口実に
「お家断絶」をも視野に、
考えていた。
だが、幕府内には。
大老や側用人は、兎も角。
老中や大目付の中に、
「上杉家の息」が掛かった
者もいる。
従って上杉家が、
言い逃れ出来ない。
絶対的な「落度」を、
手に入れたいのだ。
本所松坂町の上杉邸は、
下屋敷。
上屋敷は外様ながら、
桜田門の近くにある。
葉月の初め、
「昼立、朝立、すず、もも」
の四人は。
上杉家の江戸下屋敷に。
それぞれ上女中と下女中と
して、採用された。
(つづく)
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■
主な登場人物(適宜掲載)。
▶鰊真岩志。元・町同心。隠居探偵。
▶鰊真亜治。息子。南町奉行所の町同心。
▶鈴屋双丸。岩志の友人。長屋の大家。
▶大岡越前守。南町奉行所の町奉行。
▶平次。岡っ引き。
▶徳川吉宗。8代将軍。
▶すず。饅頭屋の看板姉妹の姉。
▶もも。饅頭屋の看板姉妹の妹(弟)。
▶昼立。元平尾宿の女郎。次女。
▶朝立。元谷中の女郎。三女。
▶ウニ。岩志の家内。
■本作は、フィクション。
登場する地域・人物・組等の名称・
写真イラスト等は、実在のと無関係。
諸制度や時代考証などの齟齬、
ご容赦。
■添削・校正なしで配信。誤字脱字
ご容赦。
鰯の頭
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