岡っ引きの平次に、
言われた通り。
日本堤番所へ出向いた鬼吉。
表の引戸に、「御用」の文字。
中に入ると、
土間に、昨日の岡っ引きが。
低い板の間に、老老の爺さん
が二人と若い娘が二人。
奥の一段高い板の間に、
一本差しの若い侍。
どうやら、若い男が同心の
ようだ。
平次が、
「同心殿。この男が被害者の
茶屋の主、鬼吉です」
「二人の遊女に騙され、見世
屋敷の全財産を。越後屋に
借金の担保に取られた。と
言っています」
すると、高い板の間の侍が。
「鬼吉とやら、平次の話に
相違はないか」
と、訊ねたので鬼吉は。
額を土間につけ、
「間違いございません」
と、言った。
「私は日本堤番所を与る
鰊真と申す。実は、お主を
騙した女子二人を。昨夜
既にお縄にした」
「女どもは、騙し取った
金は。新たに買った富籤で
全部使ってしまった。と、
言っている」
「このまま、南町奉行所へ
護送すれば一件落着とな
るのだが。それでは、お主
の全財産は戻らない」
「そこで、お主に一働き
して貰いたい」
「その役とは。お主が越後屋
に忍び込み、証文を盗み出
すのじゃ。証文が無ければ
お主の財産は、無事」
「なにも難かしことは無い。
全て段取りを付けてある」
「ここに居る爺さん達は、
越後屋を引退した二人。
お主を蔵の中へ案内して
くれる。この女子二人は
越後屋の前で、見張り役」
「つまり、ここに居る七人
は、言わば『善意の第三者』
の集まり。お主とは、これ
まで全く関係のない人物」
「故に必ず、成功する」
「ただ一つだけ頼みがある。
蔵から、証文の他に千両箱
を一箱だけ盗んで欲しい。
なに、皆の駄賃よ」
それから二日後の、
「草木も眠る丑三つ時」。
二人の爺さんと、
二人の娘の先導で。
日本橋越後屋の蔵に、
忍び込んだ鬼吉。
首尾よく、文証を懐に。
あとは、駄賃の千両箱を
持ち出すだけ。
千両箱は、かなり重い。
鬼吉は、
蔵の外にいるハズの爺に。
「おい、手を貸してくれ」
と、低い声で叫ぶと。
突然、
無数の御用提灯と共に。
「御用、御用、御用でござる」
の声が、響き渡り。
それを、大勢の矢立屋が
囲んでいた。
この捕物劇。
大岡越前守も承知の、
隠居の筋書き。
当然ながら、
越後屋も知ってのこと。
爺二人は、隠居と双丸。
そして、見張り役の娘は
すずともも。
矢立屋への情報提供は、亜治。
■
南町奉行所の白州の、
茣蓙に座った鬼吉。
越前守の、
「過去の余罪を素直に吐け
ば情状酌量もあるかも」
との、言葉に。
呆気なく、
夕立殺しと600両の強奪
を口にした。
すると、
「余罪に殺しがあるなら
極刑以外なし。鬼吉は
市中引き回しの上、打ち首
獄門に処す」
「これにて一件落着」
と、越前守。
これぞ、名奉行。
「大岡裁き」なのだ。
■
ももが、
「私達、番所と越後屋へ行っ
ただけで。大した役割も無
く、詰まらなかったわ」
すずも、
「もっと面白い事件を、解決
したいわ。旦那さんは、隠
居探偵の岩志さんと友達
でしょう。頼んでおいて」
と、
不満気に双丸に言った。
二人に言われる前に、
察していた双丸。
「二人とも、饅頭売りが飽き
たのであろう」
「お陰で、隅田饅頭の売上は
順調。二人の喋りの才を、
饅頭売りだけでは惜しい
と、思っていたところだ」
「ワシから、ご隠居に話して
おく」
■
季節は、文月。
江戸庶民の楽しみの一つが。
浅草寺の功徳日に開かれる、
「四万六千日・ほおずき市」。
境内には。
ほおずき屋の他にも、
風鈴屋や団扇屋。
玉蜀黍や西瓜など、
沢山の屋台が立ち並ぶ。
揃いの浴衣で浅草寺に、
やって来たすずともも。
境内に聳える「五重塔」の
前で、とんでもない事件に
遭遇したのである。
(つづく)
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■
主な登場人物(適宜掲載)。
▶鰊真岩志。元・町同心。隠居探偵。
▶鰊真亜治。息子。南町奉行所の町同心。
▶鈴屋双丸。岩志の友人。長屋の大家。
▶大岡越前守。南町奉行所の町奉行。
▶平次。岡っ引き。
▶吉良麹之介。南町奉行所の与力。
▶徳川吉宗。8代将軍。
▶すず、もも。饅頭屋の看板姉妹。
▶夕立。長女、不忍池の女郎。毒殺。
▶昼立。次女、平尾宿の女郎。
▶朝立。三女、谷中の女郎。
▶助八。朝立の内縁の夫。板前。
▶ウニ。岩志の家内。
▶鬼吉。不忍池の茶屋の主人。
■本作は、フィクション。
登場する地域・人物・組等の名称・
写真イラスト等は、実在のと無関係。
諸制度や時代考証などの齟齬、ご容赦。
■添削・校正なしで配信。誤字脱字ご容赦。
鰯の頭
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