失態を重ねた、吉良麹之介。
大岡越前守の思惑通り、
お役御免に。
転出先は、
中山道の最初の宿場町
「板橋宿」の本陣付け。
旗本なら。
東海道の箱根関所や、
中山道の碓氷関所の代官に
だって、なれるのに。
明らかな、左遷人事。
たまたま、旗本の家柄に生ま
れただけ。
何の取り柄も無い、麹之介。
宿場町の「本陣警護」すら、
重荷。
なのに、自尊心だけは高い。
江戸四宿は、
規模で並べると。
千住宿、品川宿、内藤新宿、
そして板橋宿の順。
「何故、板橋宿なのだ」
と、文句タラタラ。
ただ、麹之介。
何を勘違いしたのか、
「飯盛女(女郎)の数は、
四宿で一番多い」
と、自慢していた。
これとて本当は。
品川宿、五百人。
内藤新宿、二百五拾人。
千住宿と板橋宿が、
各々百五拾人。
板橋宿は、
「上宿、仲宿、平尾宿」
の三つの宿の総称。
南北に20町9間に連なる。
吉良麹之介の屋敷は、
仲宿にある「本陣」の隣。
「本陣」は、大名や旗本など
身分の高い武士が泊まる宿。
「脇本陣」は、本陣の予備宿。
下級武士や、庶民が泊まる
宿は、「旅籠」。
本陣がある仲宿と日本橋の
距離は、2里半と近い。
隣の蕨宿まで2里10町。
江戸から、先を急ぐ役人は。
仲宿を通り抜け蕨宿に投宿。
故に、仲宿本陣の使用頻度は
低く。警護役の麹之介は暇。
麹之介の日課は。
家のある仲宿から、
平尾宿までブラブラ歩いて。
飯盛女のいる旅籠へ。
ここで飯を食い、夕方まで。
■
江戸に一番近い、平尾宿には。
江戸から逃げて来た、訳あり
遊女(女郎)の多くが。旅籠
で飯盛女として働いていた。
二月ほど前から。
平尾宿で、こんな噂が。
「中年増だが、器量が頗る
いい飯盛女がいる」
暫くすると更に、こんな噂が。
「その女、いい男からは。
お金を摂らないらしい」
「その女、武家か公家の
出らしい」
噂は、飽くまでも噂。
誠か嘘かは、分からない。
板橋宿へ来たばかりの、
麹之介の耳にも。
当然、噂が入った。
色男を自認する麹之介。
「噂の真偽を、解いてやる」
と、ある旅籠へやって来た。
首尾よく、お目当ての飯盛女
を指名できた麹之介。
「タダにしろ、とは言わない。
逆に、タダでいいと言われ
たら。1両を払う」
と、言うと。
その飯盛女、
「お侍さん。お代は要らない
ので、帰って下さいな」
と、言った。
この台詞を、
どう勘違いしたのか。
「おおそうか。拙者は、それ
程いい男か。そなた、公家
の噂もあるが、名はなんと
申す」
どこまでも、自己中。
全く空気が読めない男の、
麹之介。
「そうか。そなた、昼立と
申すか。良い名じゃ」
「やはり、公家の名じゃ」
「拙者、夕立と言う名の女郎
を知っているが。その女、
毒饅頭を食って死んでし
まったが」
と、勝手に続けた。
すると、女郎の顔色が変わり。
「その人、夕立は私の姉様」
「犯人は、捕まっていない」
「犯人を捕まえてくれたら。
私、百両の褒美を出すわ」
と、言った。
いつもは、論理性に欠ける
思考の持ち主の吉良麹之介。
昼立と名乗る飯盛女の、
「百両の褒美」
に、しっかり反応した。
「おお、なんと言う奇遇。
拙者、先日まで町奉行所
の与力」
「今は幕府から、本陣警護の
大役を仰せつかっている。
いずれ江戸に戻れば、町奉
行に任じられる身分」
「拙者が、そなたの力になろ
うぞ。ささ早う、帯を解く
のじゃ」
と、女の手を掴むと。
昼立と名乗る、飯盛女。
「あら、江戸で有名な、餡な
し饅頭を買った与力って。
お侍さんのことでしたか」
「板橋宿の旅籠でも、
お侍さんは有名人ですよ」
と、クスクス笑った。
(つづく)
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■
主な登場人物(適宜掲載)。
▶鰊真岩志。元・町同心。隠居探偵。
▶鰊真亜治。息子。南町奉行所の町同心。
▶鈴屋双丸。岩志の友人。長屋の大家。
▶大岡越前守。南町奉行所の町奉行。
▶平次。岡っ引き。
▶吉良麹之介。南町奉行所の与力。
▶徳川吉宗。8代将軍。
▶すず、もも。饅頭屋の看板姉妹。
▶夕立。茶屋女郎。毒殺。
■本作は、フィクション。
登場する地域・人物・組等の名称・
写真イラスト等は、実在ののと無関。
諸制度や時代考証など齟齬、ご容赦。
■添削・校正なしで配信。誤字脱字ご容赦。
鰯の頭
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