新年を迎えた江戸の町。
どうやら今年は、「閏年」。
幕府は昨年の内に、
「閏月」は如月と、お達し。
よって今年は、
「如月」と「閏如月」がある
ので、1年が13ヶ月の年。
閏年が、二年か三年に1回
の頻度で回ってくるので。
皆は、慣れっこ。
閏月に生まれた人の、
年齢の数え方が気になるが。
心配いらない。
皆、数え年だから。
誰もが生まれた瞬間、1歳。
新年1月1日になれば、
誰もが1つ歳を足す。
南町同心を辞した鰊真岩志。
家督を、一人息子亜治に譲り
隠居の身。
拙宅を八丁堀の組屋敷から、
本所吾妻橋近くの長屋へ。
家内のウニと、二人暮らし。
齢老老ながら、気は初老。
特段の趣味もなく、
散歩と、偶の芝居見物。
朝餉を済ませ一人、
浅草の芝居小屋「猿若座」に、
やって来た。
お目当ては、
贔屓の「女歌舞伎」見物。
早目に着いたので、楽屋裏で
「入り待ち」をしていると。
今日も、あの爺に出会した。
その爺の名は、「鈴屋双丸」。
出会ったのが、昨年の正月。
同じ、猿若町の「人形座」で。
当時、小屋では。
人形浄瑠璃「蝉しぐれ」が
上演中。
上方の傀儡女・紀乃姫太夫の
人気で。連日大入り、札止め。
双丸爺に出会った、あの日。
人形座で「蝉しぐれ」の
作家「悪遊」が、殴打死した。
その事件が、キッカケで。
二人は、親交を深めることに。
当初。
双丸は、自分のことを。
「両国橋の長屋の住人。
双丸と呼んでくれ」
と、言っていたが。
後で分かったことだが。
饅頭屋の番頭を長らく勤め
上げ。
その後、
親からの遺産(長屋4ヶ所)
を相続。
今では、「大家さん」と呼ば
れる好々爺だった。
「双丸爺、久しぶりだな」
「相変わらず、追っ掛けかい」
と、岩志が茶化すと。
「言っただろう」
「爺は、余計だと」
「芝居が跳ねたら、近くで
一杯どうだい」
と、今日も屈託なく笑った。
■
雷門近くの蕎麦屋の二階。
いつも思うのだが。
ここの階段、年寄りには傾斜
がキツ過ぎる。
上るのも大変だが、酒を飲ん
で下りるのは最っと大変。
話し好きな双丸。
一刻も休まず、喋り続ける。
昨年、弥生に。
岩志に頼まれた用で、上方か
ら江戸に戻ったハズなのに。
あれから更に2回も、
上方の道頓堀の「竹本座」へ。
紀乃姫太夫に、会いに行った
と言う。
双丸の話では。
近松門左衛門は、愛弟子の
紀乃姫太夫に竹本座を譲り、
活動の拠点を江戸に移した
らしい。
紀乃姫太夫は未だ独身。
「竹本座を訪ねる度に、
京友禅を手渡すのだが
一向に靡いてくれない」
と、双丸は涙目に。
「爺さんよ、自分の歳を考え
ろよ」
と岩志。
「だから、爺さんと言うな。
ご隠居と、然程変わらない
のだから」
と、双丸が怒った。
そろそろ、木戸が閉まる時刻。
「また、会おう」
と、
二人が席を立とうとした時。
「ご、ご隠居。大変だ。
すぐ来てくれ」
「同心殿が、日本堤の番所で
呼んでおいでで」
岡っ引きの「平次」が、
二階へ駆け上って来た。
何事か、要領が掴めぬまま。
二人は、押っ取り刀で吉原
大門の前を抜け番所に駆付
けた。
待っていたのは息子の亜治。
亜治は、今や南町奉行所の
「定町廻り同心」の役職。
ここ、「日本堤番所」詰め。
「御用印」の引戸を開くと。
土間の藁ムシロに、
男と女の仏が並んでいる。
岩志が見るに。
女は髪型や衣装から、
吉原の「遊女」だと目星。
男は月代の伸び具合と脇差
一本から、博徒者か素浪人。
死因は、二人とも斬殺死だと
一目瞭然。
「遊女絡みの、殺人事件とは。
近ごろでは、珍しいな」
「ところで、なんで隠居の
身のワシを呼んだのじゃ」
と、
岩志が息子の亜治を睨むと。
「母上が、猿若座へ行った
と申したので。それで、
雷門の蕎麦屋へ、平次を」
「きっと、双丸爺も一緒だと
思って。実は、爺さんに用
があって」
と、亜治。
すると双丸が、
「同心殿までもが、爺と言う
のか。双丸だけでいい」
と、頬を膨らました。
「いいから、用件を言え」
と、岩志に急かされ亜治が
話したのは。
斬殺された二人が見つかっ
たのは一刻前、遊郭の外。
遊郭を取り巻く「お歯黒ど
ぶ」の角。
丁度「開運稲荷」の外側あたり。
この季節、あの辺りは人影が
少ない。
たまたま悲鳴を聞いた、酒屋
の御用聞きが大門の見張り
番に通報。そこから番所へ。
番所へ運び込まれた時。
女の方は、未だ息があった。
女は、
「これを、両国橋脇の長屋の
大家。双丸さんに渡して」
と一言を残して、息絶えた。
そう言って亜治が、
双丸と岩志に差し出した物
とは。
(つづく)
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■
主な登場人物(適宜掲載)。
▶鰊真岩志。元・町同心。隠居探偵。
▶鰊真亜治。息子。南町奉行所の町同心。
▶鈴屋双丸。岩志の友人。長屋の大家。
▶ウニ。岩志の家内。
▶平次。岡っ引き。
▶紀乃姫太夫。傀儡女(人形浄瑠璃師)。
▶悪遊。劇作家。近松の影武者。
■本作は、フィクシン。
登場する地域・人物・組織等の名称び
写真イラスト等は、実在のものと無関。
諸制度や時代考証など齟齬は、ご容赦。
■添削・校正なしで配信。誤字脱字ご容赦。
鰯の頭
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