赤のレクサスは、横浜公園から
首都高速に乗った。
智之のアウディA4も続いた。
山下埠頭で見た限り、運転席に
小谷薫。助手席に若い長身の男。
後部座席に乗ったのが、恐らく
ボスの秘書だろう。
比較的空いていて、
時速80Km前後で走行。
30分も掛からず渋谷で降りた。
「ここで降りたのなら、松濤の
自宅なのかな」
智之の想像通り、
レクサスは駐車場に消えた。
駐車場のゲートは、契約車両のみ
が開く仕組み。
やはり追跡も、ここまで。
この先は、
薫のスマホに仕掛けた、
盗聴アプリが頼り。
このアプリ、通話の傍受転送機能
は優れているが。
もう一つの盗聴器としての機能
には、難点がある。
電源のON、OFFに関わらず、
5㍍以内の音声をキャッチ録音
するが、その音声の転送距離が
半径10m以内に限られるのだ。
白金台のホテルでの盗聴は、
バー内の隣の個室ゆえ成功した
のだが。
高層マンションの上層階では、
お手上げ。
「さて、どうしたものか」
と思案。
「部屋は分かっている。ベランダ
に。ドローンの手もある」
「しかし、メゾネットタイプで
広い。電波が届かないかも」
「それに、準備の時間が無い」
横浜から渋谷までの追跡中、
レクサスとアウディの間隔が、
何回か10m以内になったが。
車内での会話は、
何も聞こえなかった。
しかたなく、ここまでの経緯を
5W1Hの要領で、鬼頭に報告。
すると、
「住職へのミッションは、若い男
の尾行と身元を確認の報告」
「行先が薫の自宅と分かったの
だから、尾行には成功」
「とりあえず、仕事はここまで。
家に帰って、ゆっくり休んで」
と、鬼頭が電話を切った。
■
警視庁公安部は、鬼頭の報告で
既に動いていた。
シェラトン都ホテル東京のバー
で、小谷夫妻が密かに会った相手
「王浩宇」。
上海の中堅貿易会社/会長は、
表の顔。
公安部が知る、彼の裏の顔は。
中国マフィアの一つ「上海蟹」
の幹部で、日本地区担当。
公安部が最も注視しているのが、
麻薬の密輸よりも、別にあった。
それは我国の、カジノ解禁後の
介入である。
彼らの巧妙な手口によって、
すでに大量の裏資金が我国の
政官財へ流れている。
王浩宇は、そのロビイストの
一人と目されている。
あるシンクタンクの試算では。
「横浜・大阪・沖縄の3カ所に
IR(統合型リゾート)を設置」
したときの経済効果は、
年間2兆1億円に達する。
ロビイストは、あらゆるチャネル
に魔の触手を伸ばしている。
中でも、
最初に開業する「大阪IR」は
二年後の大阪万博のパピリオン
と同じ「人工島・夢洲」が予定地。
言うまでもなく。
ギャンブルと裏社会の関係は、
世界中。
「古も今も、東も西も」同じ。
その世界の情報筋によれば、
今や世界で最大のマフィアは、
日本の「山口君組」でも、
イタリアの「カモッラピザ」でも、
メキシコの「シロアリ」でも、
ロシアの「マトシカカヤ」でも
なく、
中国の「黒中幇」。
しかも、このマフィアは。
政府と繋がっているとの噂が。
小谷夫妻が接触した王浩宇が
属する「上海蟹」は、「黒中幇」
の下部組織なのだ。
■
昨夜の疲れから、智之は危うく
朝のお務めに遅れそうになった。
読経が終わると、
妻のまりが本堂に現れ。
「あなた、昨夜は遅かったようね」
「どうなの、探偵さん。成果は?」
と、訊ねた。
「さぁ?どうなのかなぁ」
「なにやら、依頼案件の背後に
某国が絡んでいるらしい」
「私には、その一端も見えていな
いし。それに探偵には守秘義務
があるので、君にも言えない」
と、笑った。
二日後の朝刊に、
「横浜港に若い男の溺死体」
の記事が載った。
(つづく)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
■主な登場人物(適宜掲)
▶俣阿野志隈 私立探偵・極秘諜報員
▶浜まり ヤメ検弁護士・極秘諜報員
▶俣阿野京歌 志隈の妻・極秘諜員
▶白木唯 映像クリエイター・極秘報員
▶白木香織 ㈱MJ社長・唯の異母姉
▶浜智之 まりの夫・寺院の住職
▶深川舞 ㈱MJ・事業部長
▶鬼頭史郎 警視庁公安部・SMKY窓口
▶小谷薫 華道家・草月流師範
▶小谷光一 薫の夫・外資系金融会社役員
▶轟翔平 TV局サブプロデューサー
■本作は、フィクション作。
登場する地域・人物・組織等の名称び
写真イラスト等は現存のものと無関。
諸制度や時代考証などの齟齬は、ご容赦。
■添削・校正なしで配信。
誤字脱字の程、ご容赦。
鰯の頭
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆