住職の浜智之は鬼頭から、
スマホ1台とキャッシュカード
1枚と小箱1個を手渡され。
「私との連絡は、このスマホで」
「残高は三百万円。百万円を割っ
たら自動的に補填される」
と説明が。
そして、
「報告は、結論を先に5W1H
の順番で」
と、注文が付いた。
寺院での仕事で、5W1Hなど
意識したことがない。
正直なところ、
自身の説法や法話での話法は。
「結論」を引っ張るだけ引っ張っ
て、どちらかと言えば「落ち」に
使うことで、話を盛り上げている。
もっと言えば、
5W1Hのように、「理路整然」
よりも、主語と述語はもとより、
副詞、連体詞、動詞、形容詞、
助詞、助動詞など、
「名詞」以外はごちゃ混ぜ。
ときに大きな声で、ときに誰もが
聞き取れないくらい小さな声で。
言葉を紡いでいく。
そう、分かるようで分からない
お経のように。
その方が、「有難味」が漂うのだ。
「結論が先」は理解するが、
When/Where/Who/What/
Why/Howの順番で報告?
そんなこと、無理。
と思ったが、「ハイ、了解です」
と、智之は答えた。
■
浜智之への初ミッションは、
女流華道家/小谷薫の行動調査。
「誰に会って、どんな話を」
が、調査のポイント。
渡された小箱には、ある機器が。
それは、スマホを瞬時に「盗聴器」
に変える代物。
翳すだけで「盗聴アプリ」が、
インストールされるのだ。
スマホに、小谷薫のプロファイル
が送られて来た。
▶小谷薫(旧姓/上石薫㊱)
華道家(草月流/師範)
「生け花教室/生徒数1,000人」
「薫の六本木教室/テレビ東京」
元アイドルG/大阪ガールズ出身
既婚/夫は外資系金融役員・東大卒㉟
現住所/コートパークタワー松濤
智之は、鬼頭から調査目的に関し。
「ある事案で極秘に接触。誰と
どんな話をしたか」
「手法は一任。期間は取敢えず
一ヶ月間」
としか、指示されていない。
桜田門の帰り、俣阿野から。
「令和の多羅尾伴内になった
つもりで」
と、一言アドバイスがあった。
■
幸いなことに、
智之に華道の心得が少々。
寺院の一部を「レンタルルーム」
として、将棋や囲碁や三味線など
に貸出ていた。
その一つに、流派は違うが華道も。
時々、
それらの部屋を訪れていたので。
なんとなく。
まさに、
「門前の小僧習わぬ経を読む」
であった。
テレビ東京/六本木第5スタジオ
内に、智之の姿。
十人余りの生徒。多くは中年女性。
中に若い女性も一人二人。
カメラから一番離れたテーブル
に、黒縁メガネの長髪男性一人。
「カメリハ終了」
「では、ランスルー入ります」
「一度シーン4、テイク2撮り
ます」
「薫先生、後部テーブルへ移動願
います」
「黒縁メガネさん、緊張しないで
撮るのは花と手だけですから」
「顔のアップは、その二人だけ」
伊達メガネのカツラの男は、
浜智之。
フロアディレクターの声が響く。
ここはテレ東の人気番組、
「薫の六本木教室」の収録現場。
この番組のサブプロデューサー
の名は、轟翔平㊱。
「将を射んと欲すればまず馬を
射よ」
と考え、轟の身辺を探ることに。
多羅尾伴内を模して、「七つの顔
を持つ男」に扮してと思いきや。
何のことはない。
妻のまりに依頼。
まりはまりで、
プロファイリング能力に長ける、
俣阿野の妻/京歌に丸投げ。
直ぐに、その京歌から使える
情報を入手した。
結論だけを示せば、
「轟の同窓のB男が、智之の
外車マニアサークルの仲間」
つまり、
「友達の友達は友達」の関係。
智之は、首尾よく外車サークル
仲間のB君を介し、轟への接触
に成功。
「アンダー・ザ・テーブル」で、
出演の機会をゲットしたのだ。
「薫の六本木教室」の本放送は、
毎週/月水金/昼20分。
収録は3回分を木曜に。
早くて5時間、10時間を超える
ことも。
毎木曜夜、打ち上げ飲み会。
飲み会の場所の選定は、
サブプロデューサーの仕事。
この夜の会場は、智之が懇意に
する西麻布の「レストランZ」。
入口で支配人が、
「恐れ入ります、会員様以外の方
の携帯は預からせて頂きます」
と、言って洒落た箱を差し出した。
打ち上げ会に集まったのは、
小谷薫の他は、生徒役の出演者と
局スタッフら二十名余り。
皆それぞれ、店スタッフにスマホ
を預けテーブルへ着いた。
するとサブプロデューサーの轟
が、慌てて主賓テーブルに駆寄り
「大変失礼いたしました。先生と
チーフプロデューサーの携帯
迄も、預かってしまったようで
申し訳ございません」
「このルールは、お客情報の
SNSへの流出防止が目的。
VIPの方々は対象外です。
お返しします。スミマセン」
と言って、二人にスマホを返却し
た。
この間、僅か数分。
小谷薫のスマホには、画面には
決して現れない「盗聴アプリ」が
仕込まれていた。
(つづく)
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■主な登場人物(適宜掲)
▶俣阿野志隈 私立探偵・極秘諜報員
▶浜まり ヤメ検弁護士・極秘諜報員
▶俣阿野京歌 志隈の妻・極秘諜員
▶白木唯 映像クリエイター・極秘報員
▶白木香織 ㈱MJ社長・唯の異母姉
▶浜智之 まりの夫・寺院の住職
▶深川舞 ㈱MJ・事業部長
▶鬼頭史郎 警視庁公安部・SMKY窓口
▶小谷薫 華道家・草月流師範
▶轟翔平 TV局サブプロデューサー
■本作は、フィクション作。
登場する地域・人物・組織等の名称び
写真イラスト等は現存のものと無関。
諸制度や時代考証などの齟齬は、ご容赦。
■添削・校正なしで配信。
誤字脱字の程、ご容赦。
鰯の頭
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