季節は秋。
本来なら、多忙な仏教寺院の住職。
真言宗の総本山/高野山では、
一大イベント「 秋季金剛界結縁
潅頂」や重要文化財「徳川家霊台
拝観」など行事が目白押し。
高野山/東京別院でも、「秋の彼岸
蔡」「万灯万華会/理趣三昧大法要」
「秋季結縁灌頂/金剛界」
の準備で多事多端な日々。
とは言っても、
夕方の読経が済めば後はフリー。
探偵助手になった浜智之、週一回
は神田の「俣阿野探偵事務所」に
顔を出す。
かれこれ一月になるが、まだオフ
ァーが無い。
「住職殿、これから焼き鳥屋に
行くが。どうです一杯」
と、俣阿野からの誘い。
「ひょっとして、初仕事？」
智之は二つ返事で応じた。
グルメを自認する智之。
食事処なら、何処にでも出かける。
それでも、「ガード下の赤提灯」
は、ほぼほぼ初めて。
この季節、
店外テーブルで「生ジョッキ」
片手の焼き鳥は、風情がある。
一杯飲み干したとこへ、男一人が
加わった。
智之も知っている、警視庁公安部
の鬼頭史郎だ。
鬼頭が、急に智之に顔を近づけ、
「多羅尾伴内を知っているか」
と訊ね、「さぁ、誰？」と言うと。
こんな話を、長々と話し出した。
戦後GHQが、「チャンバラ映画
禁止令」を発令した。
理由は、日本に再軍備させない
為だと言う。
戦前から時代劇映画で活躍して
いた映画スターの片岡千恵蔵。
やむなく現代劇映画に出演。
代表作が「名探偵/多羅尾伴内」
シリーズ。
毎回、映画のクライマックスで
「七つの顔の男じゃよ。ある時は
競馬師、ある時は私立探偵、あ
る時は画家、またある時は片目
の運転手、ある時はインドの
魔術師、またある時は老警官。
しかして、その実態は…正義と
真実の使徒、藤村大造だ！」
の決め台詞。
鬼頭は話を続けた。
「住職殿は、令和の多羅尾伴内」
「多趣味で博学。説法で鍛えた説
得力。体育会系の腕力。何より
も、少し剽軽なキャラクター」
「次の案件は、インテリ系探偵の
俣阿野より適任かも」
「早速、お願いしたい」
と言うと、
鬼頭は智之と俣阿野を、タクシー
に押し込んだ。
■
マホガニー材の楕円テーブルが、
重厚さを醸し出す会議室。
そこは、桜田門の建造物の某階。
壁面の大型モニターに、
見覚えのあるレストランと、会食
を楽しむグループの動画が映し
出され。
一人の女性に、ズームした。
「確か、帝国ホテルのメインダイ
ニング/レセゾン。女性は誰か
な？」
智之が呟いた。
鬼頭が画面に向かってコメント。
「グループは、華道七大流派の
一つ草月流の師範月例会。
アップした女性は、新進気鋭の
華道家/小谷薫」
「假屋崎省吾とコラボや、テレビ
番組での六本木教室が話題の
人物。若く見えるが、実年齢は
36歳」
「警視庁公安部は今。ある事案で
極秘に彼女への接触を図ろう
としている。住職に、その一端
を担って欲しい」
「勿論、身分を隠して」
「実は、住職の立場を考え。
奥様の浜弁護士に、話を通し
てある」
と言われ。
一瞬、「立場？」と思ったが。
「婿養子の現実」に納得した。
（つづく）
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■主な登場人物（適宜掲）
▶俣阿野志隈 私立探偵・極秘諜報員
▶浜まり ヤメ検弁護士・極秘諜報員
▶俣阿野京歌 志隈の妻・極秘諜員
▶白木唯 映像クリエイター・極秘報員
▶白木香織 ㈱MJ社長・唯の異母姉
▶浜智之 まりの夫・寺院の住職
▶深川舞 ㈱MJ・事業部長
▶鬼頭史郎 警視庁公安部・SMKY窓口
▶小谷薫 華道家・草月流師範
■本作は、フィクション作。
登場する地域・人物・組織等の名称び
写真イラスト等は現存のものと無関係。
諸制度や時代考証などの齟齬は、ご容赦。
■添削・校正なしで配信。
誤字脱字の程、ご容赦。
鰯の頭
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