2023.4.26 新曲 発売 市川由紀乃
遠くに潮騒が聞こえる。
ヨーロー・ム（以下、YMと記）が
目覚めたのは、病室のベッド。
身体は固定され、顔の全体に人工
呼吸器のマスク。
ここは、
東京に隣接するK県の半島に
所在する小さな病院。
暫くすると、意識が戻って来た。
目の前に二人の男。
一人は白衣なので医者だろう。
一人はスーツ姿の中国人。
YMは、クアドリンガル。
ただし日本語は、日常会話程度。
医者は、
「ショックによる一過性意識消失
殺傷キズは比較的軽傷」
と語った。
中国人男性を、YMは知っていた。
男は、かの国の「国家安全部」所謂、
自分と同じ情報機関の人間。
男は、
「マズイことになった。病院から
拉致したことで、日本の警察は
お前の行方に、報奨金を掛け探
している」
「お前が、密かに入国したことで
当局にマークされてしまった。
なのに、アマチュア演奏会に
出場するなんて。しかも演奏メ
ンバーが、フランス大使館へ
通報までしている」
「我々としては、誰に刺されたか
より。お前が秘密裏に入国して
いるのが。日本の警察に知れた
ことが、問題なのだ」
「お前は何故、日本へ来たのか。
そして何故、演奏会に出場した
のか」
と訊ねた。
YMは、
「来日し、演奏会へ出場したのは
ある女性との約束だった。その
女性が、フランス大使館へ連絡
した女性だと思う」
と言った。
◆〈YMの経歴〉
中国・北京市生まれ。
母親は同市の観光職員。
父親は仏国の外交官。
父が中国に赴任中、母と結婚。
YMが誕生。その後、二歳で渡仏。
英才教育を受ける傍ら、
音楽の道へ。
ソルボンヌ大学から、米国ハーバード
大学へ編入、卒業。
二十代で、世界的チェリストとしての
各種の賞を受賞。時の米国大統領の
就任式典での独奏。世界的IT実業家
の追悼式での演奏など。
一方、世に知られない裏の顔。
経緯は定かでないが、かの国の
諜報員。
YMの著書に、このような記述。
「世界を制するには、経済力や軍事力
ではない。まして芸術でもない。
あるとすれば、それは諜報力」
と言い切っている。
YMは四年前、
大手飲料メーカー「S」の招待で、
初来日。
その後、毎年のように日本公演が
サントリーホールで開催されている。
◆
初来日のYMは、当時32歳。
S社は、大阪府三島郡島本町山崎
の「S社・山崎蒸溜所」を見学。
大阪・京都観光に随行したのが、
S社の広報社員「松原ひとみ㉚」
僅か二泊三日の間に、すっかり
二人は意気投合。
特に、YMはひとみに恋愛感情を
抱いた。
当時ひとみは、
S社の社員と同時に、
京都芸術大学の通信学生だった。
若くして既に、世界的チェリスト
の名声を得ていたヨーロー・ムの、
「愛の告白」に、身も心も捧げた。
そして、
YMを追うようにパリへ。
だが、
エリゼ宮殿近くの高級マンショ
ンには、彼の新妻がいた。
ひとみと二人の時、YMは優し
かった。
サンジェルマンデプレの
高級アパルトマンが与えられた。
週一度、そして公演の前後に。
彼は訪ねて来た。
暇な日中、ひとみは。
フランス語学校と
バイオリン教室へ通った。
一週間が二週間になり、
やがて、一ヶ月が二ヶ月に。
そして、二年が過ぎて行った。
その間、家賃と学費と生活費は。
途切れることなく、振り込まれて
いた。
ある日、ひとみは。
別離を告げることなく、
パリを発ち帰国した。
ひとみは、外資系の洋酒メーカー
の日本法人MHDに就職した。
就活に際し、カタコトながら二年
間のフランス語学習が役立った。
法人の本国は、フランス。
仕事内容は。
日本へ視察にやって来る、
本国や海外法人の役員に対する
国内市場の案内係。
平たく言えば、
市場（銀座・赤坂・六本木）の
高級クラブへの案内スタッフ。
ある意味、ひとみにとって天職。
同法人が入居する、
六本木のビジネスタワービルに。
「管弦楽同好会」があり、
就職と同時に入会した。
外資洋酒メーカーの
法人MHDに就職して一年。
ひとみ㉞のスマホに、
あのヨーロー・ムから、
突然メールが、届いた。
（つづく）
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■主な登場人物（適宜掲載）。
▶俣阿野志隈。私立探偵。極秘諜報員。
▶浜まり。弁護士。ヤメ検。裏検。
▶京歌。極秘諜報員。志隈の妻。
▶白木唯。映像クリエイター。極秘諜報員。
▶鬼頭史郎。警視庁公安部/肩書不詳。
▶ヨーロー・ム。世界的チェリスト。
▶松原ひとみ。元飲料メーカー社員。現洋酒メー
カー社員。傷害現場にいたアマチュア楽団員。
■本作品は、フィクション作品。
登場する、地域・人物・組織等の名称及び
写真・イラスト等は現存のものと無関係。
法規制度や時代考証などの齟齬は、容赦。
■添削・校正なしでの配信につき、誤字脱字
の程ご容赦を。
〈鰯の頭〉
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