浜まりの弁護士事務所は、
三田線・御成門駅傍の高層オフィ
スビル「S御成門タワー」内に。
2018年竣工の近代的な建物。
3-4階には、800名規模のイベ
ントホールがある。
午後7時、事務所の部屋に。
浜まり、俣阿野、京歌、鬼頭史郎。
二日前、俣阿野の自宅に集まった
メンバーと同じ四人。
「京歌さん。この任務、少なくと
も数ヶ月を要するが。問題は」
と、鬼頭が念を押した。
「子供のことは大丈夫」
「母・ルイーズが、いるので」
と、京歌が応じた。
鬼頭は、ある機器の取説をした。
機器とは、一つはペンダント。
もう一つは、耳穴にスッポリ隠れ
るイヤホン。
もう一つは、5ミリ角の黒いプラ
スチックのチップ。
ペンダントは、GPS搭載の超小
型暗視動画カメラ。暗闇でも高画
質動画を撮影送信可能。
イヤホンは、GPS搭載の超小型
マイク付き骨伝導音声受信器。
呟き声でも送受信可能。
プラスチックチップは、
GPS搭載の世界最小の盗聴器。
ノイズを除去し、微細な音声も
キャッチ送信。
いずれも、スマホを介して情報
共有が可能な代物。
◆
現時点で検察や公安部、麻薬取締
官が掌握している国内の「麻薬カ
ルテル」の主な組織は。
福岡のX会「本拠はメキシコ」
神戸のY会「本拠はミャンマー」
横浜のZ会「本拠は中国」
「熱海のドン・ファン」事件。
過去の捜査は、身近な人物の犯行
に偏り過ぎていた。
その為、愛人や家政婦や会社関係
者などに対しての。
アリバイや殺害方法、動機が中心。
被害者の野村助平側に立っての、
「殺されるべき理由」の捜査が
不十分。
「野村助平は、虎の尾を踏んだ
為に組織に殺れた」。
これが、「三人の咲」作戦の
基本スタンス。
須崎咲が逮捕されるまでの三年
間で、捜査当局が入手した「被害
者の人物像」が、意外にも少ない。
なによりも、被害者の野村助平の
実像を知る人間が極端に少ない。
酒類販売業にしても、不動産管理
業にしても。売上規模に比べ会社
組織は零細企業並み。従業員が少
なく役職者は、ほぼゼロ。
その中で、助平の為人を表すの
が自叙伝。
四人は、今更と思いながらも。
著書を入念に読み返した。
すると、こんな件が。
「俺は鉄くず拾いの次が、避妊具
の訪問販売。稼いだ金は翌日、
銀行に預ける。必要な金は銀行
から下ろす。経理なんて不用」
「俺の外は皆、怠者。怠者に
払う金は無い」
「権限が無い者の商談は、無駄。
交渉事は、トップだけの仕事」
それと、こんな件も。
「俺は、女には騙されてもいい。
特に、いい女には。だが男に
騙されるのは、死ぬほど嫌だ」
そして、
四人が最も注目したのが。
「いつまでも現役で、女を喜ばせ
たい。それにしても、あの精力
剤は高い。自分で直接買付け、
商売にしたら、儲かりそうだ」
この部分。
須崎咲の供述調書に、
「助平は時々、私を横浜のホテル
へ呼んだわ。連れの男達とレス
トランやバーで、食事やお酒を
飲んだことがある」
「その男達とは、助平に内緒で
何度か遊んだわ。偶には若い
男が欲しいから」
と言う内容の記録がある。
このことから、四人は。
「精力剤は覚醒剤。その入手先は、
横浜のZ会」
だと、確信した。
◆
別件で再逮捕された須崎咲を、
浜まりが接見した。
名目は、咲の新たな弁護人として。
浜は、咲に取引を持ち掛けた。
「検察側から司法取引が示唆さ
れている。応じれば、別件逮捕
は取り下げ。即、釈放する」
「条件は、野村助平と横浜で接触
していた男を探し出し。男のポ
ケットに、あるものを忍ばせる
こと」
須崎咲は、浜の条件に同意した。
二日後の夜。
ヨコハマグランド インターコン
チネンタル ホテルのクラブラウ
ンジに咲の姿があった。
ここは、野村助平に何度か呼び出
された場所。
咲の携帯に、横浜で遊んだ男達の
一人の電話番号が残っていた。
「逢いたい」と告げると、
このホテルを指定して来た。
少し遅れてラウンジに現れたの
は、ホスト顔の若い男。琢磨優。
「咲ちゃん、人違いかと思ったよ。
顔が前と全然違う」
「そうでしょう。逮捕される前に
整形したのよ。私、無罪放免な
ので。身も心も、再出発よ」
「優ちゃん、逢ってすぐでゴメン。
電話した時は、泊まるつもりだ
っの。急用が出来たので、お泊
りは次の機会に」
「お詫びの印に、ネクタイをプレ
ゼントするわ」
咲は、横浜高島屋の包装紙を開き
ネクタイを取り出し。
「ここで結んであげる」
と言いながら、首に廻した。
十数分後に。
「優ちゃんゴメンね。また電話
する」
と言って、席を立った。
この一部始終を、離れた席から。
マスクで顔を隠した京歌が、
スマホの画面に目をやりながら、
観ていた。
咲の胸には、碧のサファイアの
ペンダント。
右耳の奥には、イヤホン。
ネクタイを結びながら、背広の胸
ポケットに。
黒の5ミリ角のチップを差し
落としていた。
念のために、同じものがネクタイ
の裏地にも。
同時刻に、
浜まり、俣阿野、鬼頭の三人も。
イヤホンから聞こえる、二人の
会話とスマホの画面に映る、動画
を観ていた。
(つづく)
◇◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇
■主な登場人物(適宜掲載)。
▶俣阿野志隈。私立探偵。極秘諜報員。
▶浜まり。弁護士。ヤメ検。裏検。
▶京歌。元相棒。志隈の妻。
▶白木唯。前相棒。映像クリエイター。
▶鬼頭史郎。警視庁公安部/外事課・管理官。
▶須崎咲。熱海のドン・ファン事件の容疑者。
▶野村助平。熱海のドン・ファン。死亡。
▶琢磨優。麻薬カルテルZ会の一味。
■本作品は、フィクション作品。
登場する、地域・人物・組織等の名称及び
写真・イラスト等は。現存のものと無関係。
法規制度や時代考証などの齟齬は、ご容赦を。
■添削・校正なしでの配信につき、誤字脱字
の程ご容赦を。
〈鰯の頭〉
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆