俣阿野の自宅、虎ノ門ヒルズレジ

デンシャルタワーの高層階。

時間は、午後4時を過ぎていた。

 

50平米もある応接室には、俣阿

野夫妻と警視庁公安部の鬼頭史

と、弁護士の浜まりの四人。

 

鬼頭は、

ここからが大事な話

と前置きし。

 

実は、ある事件の起訴(きそ)を取り

下げることになった

検察は建前上、一度起訴を取り

下げた事案の再捜査は難しい。

そこで、裏検が引き受けるこ

とになった

 

今日、お二人を引き合わせたの

は。裏検と極秘諜報員の連携(れんけい)

つまり、新たな相棒の顔合せ

 

 

そして、二つ目の件だが

任務遂行に際し。奥様(京歌さん)に臨時

の諜報員をお願いしたい。

理由(わけ)は、後ほど

 

 

さて、三つ目が本題

 

2018年5月。静岡県熱海市

 で起きた会社社長(76歳)の変死事件

マスコミで大きく取上げられた

熱海のドン・ファン事件

 

三年もの年月を経て昨年、静岡

県警が愛人を毒殺犯として逮

捕。静岡地検が、状況証拠だけ

で起訴したが(いま)だ明白な物証

も無く自白も得られていない

 

このままでは、公判維持が難し

い。迷宮入りになるやも。状況

証拠は、限り無く黒なのだが

 

 

来月、愛人の女を釈放する

だが実際には、秘密(ひみつ)()に別件で

 再逮捕する。勿論、マスコミに

 も漏れないように

 

そこで

と、鬼頭は一段と声を(ひそ)めた

 

マスコミには『愛人須崎(すざき)(さき)

起訴取り下げ釈放』と発表

 

だが、これは表の動き

実際に釈放されるのは、替玉(かえだま)

 

 

ここから、今奇策(きさく)立案者(りつあんしゃ)

裏検の浜まり君が、続ける

と、鬼頭が。

 

浜まりが、静かに話し始めた。

 

(にせ)の起訴取り下げ、釈放は

 静岡地検が行うが、その後の

 身柄の拘束および捜査は

静岡地検から東京地検へ移管。

最高検察庁長官、直属の裏検(うらけん)

対応することに

 

また、毒殺に使われた薬物が、

覚醒剤であることから。

警視庁公安部指揮下の極秘

諜報員と(から)むので、よろしく

と、極めてクールな言いよう。

 

 

続けて、

替玉釈放に至った経緯と、今後の

役割の概要を話した。

 

取調室の須崎(すざき)(さき)を、マジック

ミラー越しに見て驚いた

なんと、自分とソックリ

顔立ちは勿論、背格好も。

実年齢は、須崎の方が5歳下。

だが、同じヘアスタイルで、

同じようなメイクをすれば。

ソックリなのではと思った

 

取り調べの調書で、明らかになっ

ていたのだが。

事件発生当時(4年前)マスコミが流した

須崎咲の顔と。

昨年逮捕された時の、顔が大きく

違っていた

それは、

須崎は逮捕される前、密かに韓国

ソウルに渡り整形手術をしてい

た。

捜査本部が置かれた静岡西署に

連行され、パトカーから降りる映

像は。マスクサングラス

 

従ってマスコミ報道では、未だ

整形前の顔写真が使われている。

 

 

途中、鬼頭が口を挟んだ。

今度(このたび)の奇策の発案者は、裏検の

浜まり。彼女に言わせると、

究極のなりすまし。そこで作戦

名を、三人の(さき)とする

と、言った。

 

作戦名を聞いただけで、

勘が(するど)い俣阿野と京歌

即座に、作戦内容を理解。

二人同時に、

ARUKAMO(アルカモ)」と声を発した。

 

 

 

応接室の壁に、

100インチモニターが現れた。

 

始めに映し出されたのが、逮捕前

の須崎咲の顔と全身写真

次に、須崎の逮捕(整形後)後の顔写真

 

続いて、浜まりの顔と全身写真

そして、京歌の顔と全身の写真

 

一目しただけで全員が、

三人とも()ている

と、声を発した。

 

 

モニターの映像が変わった。

三人の顔写真が、横一列に。

そして、次々に。

CG(コンピュ)処理(ータグラ)された(フィック)映像が、

映し出された。

 

まずヘアスタイルが、

ロング、セミロング、ショート。

メイクが、

清楚(せいそ)風、アクティブ風、妖艶(ようえん)風。

 

上下左右に回転し、静止した。

 

続いて、服装が。

カジュアル、フォーマル、ドレッ

シーと、三人が同じものを(まとい)

立ったり座ったり、回転やウオー

キングまでも。

 

映像を観た四人。浜まりも含め

驚愕(きょうがく)した。

実は、このCGを制作したのは。

前相棒、今は映像クリエイターの

白木(しらき)(ゆい)

鬼頭から、三人の写真数枚を受け

取り。二時間ほどで作った。

 

 

言わずもがな。

浜まりと京歌の二人が、須崎咲の

替玉に。

須崎本人を含め、

まさに『三人の(さき)』なのだ。

 

 

 

続いて、モニター画面には。

浜まりが編集した、

熱海のドン・ファン事件」に

関する情報。すなわち。

 

被害者像と須崎像。殺害現場情報

供述調書内容、須崎咲の生立(おいた)

から逮捕までが、映し出された。

 

 

18歳で、秋田の田舎から東京へ

出て来た須崎。

一年余りの、コンビニ店員を経て。

銀座のスナックから、クラブへと

渡り歩き。

あるクラブで、熱海のドン・ファ

野村(のむら)助平(すけひら)に口説かれ愛人に。

この時、須崎は21歳。

 

二人が交わした「愛人契約書」を

須崎は大事に持っていた。

その中には、

・お手当、月額100万円

・毎月一回、二泊三日以上、熱海

 の野村宅に宿泊。

・原宿の2LDKマンションを

貸与。

と書かれてあった。

 

 

一方、被害者の野村助平

熱海を中心に、広く伊豆半島の

温泉地に顧客を持つ酒類販売業

のオーナー社長

 

他に、関東周辺にかなりの不動産

を所有。

 

生前の弁を借りれば。

俺は毎日、電話一本で百億円を

動かしている

と、豪語するくらい株の投資も。

 

これらの資産を、腹心を置かずに

自分一人で運用管理

 

従って、事件から四年。

警察も税務署も、未だ資産の全容

(つか)んでいない。

 

 

更に驚くべきは、

親も子も兄弟姉妹も、全くいない

天涯(てんがい)孤独(こどく)の身

 

莫大(ばくだい)な遺産を相続する親族が、

愛人の須崎咲だけなのだ。

愛人に相続権は無いのは常識。

 

ところが、須崎本人も知らなかっ

たようだが。

野村の生まれ故郷。

茨城県潮来市に、婚姻届提出

れていたのだ。

届けが出されたのは、愛人契約を

して間もなく。

 

 

想像を絶する遺産」を手にする

ことになった、須崎咲。

もしも、釈放になったなら

果たして、どのような行動に出る

だろうか。

そして、その彼女の周りに。

どんな人物が現れるのか。

 

俣阿野と京歌は元より、策を練っ

た浜まりも鬼頭も。

身体が少し震えるのを感じた。

 

 

(つづく)

 

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■主な登場人物(適宜掲載)。

 

俣阿野志隈。私立探偵。極秘諜報員。

京歌。元相棒。志隈の妻。

白木唯。前相棒。映像クリエイター。

浜まり。弁護士。ヤメ検。裏検。

鬼頭史郎。警視庁公安部/外事課・管理官。

須崎咲。熱海のドン・ファン事件の容疑者。

野村助平。熱海のドン・ファン。死亡。

 

■本作品は、フィクション作品

登場する、地域・人物・組織等の名称及び

写真・イラスト等は。現存のものと無関係。

法規制度や時代考証などの齟齬は、ご容赦を。

 

■添削・校正なしでの配信につき、誤字脱字

の程ご容赦を。

 

 

〈鰯の頭〉

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