「歯車が狂ったのは、あの事故」

「まさか、両親を失うなんて」

 

「遺産相続の件は、済んだのか」

 

「事故も相続(そうぞく)も、全て完結(かんけつ)

 

「私達の秘密を、知る人間は。

誰もいないわ」

 

 

(また)阿野(あの)(ゆい)は、

白石(しらいし)栄一(えいいち)と元妻の白木(しらき)香織(かおり)

この会話を。

繰り返し再生した。

 

 

(ゆい)は、両親が事故死したとき。

ヴェネツィアに潜伏(せんぷく)中だったの

で、その事実を知らなかった。

 

両親の死亡は、

逮捕されたコペンハーゲン警察

の留置所で、知った。

 

インターポールでの取り調べ後。

凡そ半年後、釈放され帰国。

 

そして、姉の香織から。

両親の死亡が、正式に伝えられ。

莫大(ばくだい)な遺産を手にした。

 

姉の結婚も、離婚も。

そして、亡き父親が興した会社

を引き継いだことも。

帰国後に、姉から聞かされた。

 

 

姉とは四歳違いの、二人姉妹。

小さい頃から、歳の差以上に。

遠い存在に感じていた

 

物心が付いたころから。

家に両親が、居ることが少なく。

家政婦や、家庭教師といる時間

の方が多かった。

 

それは、姉も同じだった

 

姉は、物静かで努力家。

色白で美人。

如何(いか)にも、お嬢様タイプ

 

有名私立K塾大経済学部を卒業。

大手商社M物産・秘書室勤務。

 

 

 

帰国後に知り得たのは

重役の仲立ちで、エリートと

社内結婚。

 

両親を事故で失い。

遺産相続の為に、私立探偵を使

ってまで。イタリアまで行った

こと。

 

転勤(ロシア)先での夫の浮気が原因で、

離婚。

 

商社を辞め、父の会社を引き継

ぎ社長に就任したこと。

 

 

盗聴音声の姉の肉声は、

何を物語っているのか。

 

一つ一つの言葉のどこにも。

あぁ、そう言えば」が、

何一つ、思い浮かばないのだ

 

 

姉の言動には、常に理性がある。

前科のある自分を、同じ会社に

(やと)うことなく。

 

「探偵業に興味かある」

と、漏らしたら。

すぐに、探偵事務所を紹介して

くれた。

 

 

その姉が、

「これから、何をしようとして

いるのか」

「これまで、何をしてきたのか」

 

 

頭が混乱した。

更に、唯には気掛かりが。

 

それは、

自分が紹介したIQ135

(ヤン)(シュエ)(イン)を。

(たくら)みに、利用しようとしている

こと。

彼女が、(きつ)(りん)省・長春(ちょうし)(ゅん)の出身。

そして、朝鮮族の血筋(ちすじ)であるこ

とまで知っている。

 

 

同じ音声を、同時に俣阿野も

聴いている。

 

白石栄一と白木香織の、

「過去の企て」

「未来の企て」

 

どちらも、確証が得られる具体

的なものは、何一つない。

 

俣阿野は唯に、(つぶや)いた。

「君の両親の死因も、

気になるが」

「二人が、これから実行しよう

とする企みの方が、もっと

気になる」

 

唯も頭を、縦に振った。

 

 

元々、

警視庁公安部外事課の鬼頭史郎

から、(内偵)捌きを依頼された案件。

先ずは鬼頭への報告が、

第一優先である。

 

 

盗聴音声には、

俣阿野にとって不都合な。

女性関係の事柄も、含まれて

いる。

 

 

神田の俣阿野探偵事務所に、

やって来た鬼頭の見解は。

少し、違った。

 

「公安の本分は、事件の未然

防止だが。この録音には、

既に事件の事実が、濃厚(のうこう)

 

「警察としては、一昨年前に。

死去した白木社長夫妻の、

事故死の再捜査が、第一優先」

「もっとも、管轄(かんかつ)が捜査一課に

なるが」

 

「盗聴録音は、編集せずにコピ

ーを捜査一課に渡す」

 

「アジア、ロシアに(またが)る密輸

案件は。我々、公安部外事課の

事案」

 

「ただ、こちらの方は。まだ、

具体的に。なんの確証もない。

 タダの会話レベル」

 

 

唯を、外し。

俣阿野と鬼頭は、今後の対策を

練った。

 

 

内偵を進める上で、

幾つかの課題がある。

 

第一に、

唯を味方として、この件に関わ

らせるべきか。

 

第二に、

白石・白木の策略を知らない、

深川舞、(シュウニー)(ヤン)(シュエ)(イン)に対して。

どう対応すべきか。

 

彼女らを、このまま泳がすべき

か。

あるタイミングで、

味方にすべきか。

 

極めて、悩ましい問題。

 

 

更に、俣阿野には。

この五月に出産を控える、

妻・京歌の存在。

 

京歌は、

白木香織、白木唯、白石栄一

深川舞、周妮ら。

関係者の経緯(いきさつ)を、知っている。

 

本来なら、彼女の(ちから)

特にプロファイリング能力を、

借りたいのだが、何せ身重(みおも)(からだ)

 

 

(つづく)

■登場人物の紹介は、適宜掲載。

俣阿野志隈。偵事務所所長。元警視庁捜査一課

刑事。

吉本京歌。相。クワドリンガル(日英仏伊)。

 フランス人クオーター。俣阿野の妻、懐妊中。

深川舞。大手商社M商事から派遣会社MJに転

職。新規事業部張。白石香織とK大からの友人。

白木香織。大手商社M物産秘書室。妹の捜索で

俣阿野と京歌とイタリアに。夫・白石栄一と離婚。

MJ新社長に選出予定。白石から旧姓・白木に。

白木唯。香織の妹。一時行方不明者。テロ容疑逮

捕、釈放帰国。俣阿野の相棒見習い。

周妮周。中国人。ルポライター。イタリアで俣阿

野と遭遇。北海道で再会、旅行。㈱MJの上海支

社の「首席」に就任。俣阿野とセフレ関係。

楊雪迎。唯の同窓。中国人。IQ135の天才美女。

鬼頭史郎。警視庁公安部・外事課・管理官。

陣内智之。輸入雑貨商。元キャリア警察官。

范志玲。中国人。陣内の愛人。

白石栄一。香織の元夫。M物産・エネルギ

ー本部ロシア担当。スパイ容疑で拘束。釈放。

 

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 及び写真・イラスト等は。フィクション作品につ

き、現存するものと無関係。

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〈鰯の頭〉