鰯の頭のmy Pick
寛永15年卯月26日。
いよいよ、出島を出航し。
上海へ向かう日が来た。
航海日数は、風と波次第。
順調なら、5~6日。
遅くとも十日。
幸運にも、眞一郎がとえりが乗
船できたのは。商館長・呉亜綸
の役職交代の、帰国便への同乗。
眞一郎の計画は。
半年の滞在期間中に。
1、銅精錬所との関係構築。
2、南蛮吹き技術伝授契約。
3、荒銅の独占的輸入契約。
いずれも、最終的には幕府の
認可が。必要になる事業。
清国への渡航を、思い立った際
は。手掛かりは、ほぼ無かったが。
今は。呉亜綸という、貿易に知見
のある男と、知り合えた。
乗込んだ商船。
と言っても、貨物船。
始め乗る予定の、オランダ船は。
「寝台付きの個室」だったが。
そんなものは無い。
船長と商館長は、個室だが。
他の者は、
船夫と一緒の、
甲板でのザコ寝。
船賃がタダ故、仕方がない。
と諦めていたら。
娘の冰冰用に、空いた貨物室に。
寝台が、3台用意された。
寝台1台と、寝台2台の間に。
衝立が置かれている。
さて、誰が何処に寝るか。
三人は、悩んだ。
結局。
冰冰が、一人。
衝立を挟んで、
眞一郎とえりが、寝台2個ある
側を使うことにした。
船で川を渡ったことは、何度も。
だが、船内に泊まっての、船旅は。
二人は初めて。
船は、出島の岸壁を離れ。
外海に出た。
南からの緩やかな、逆風を帆に
受けて。静かに進んだ。
上海まで直線では、二百数里。
真っ直ぐ進めば、四日で着くが。
実際は季節によって。海流の流
れの向きと、強さが違い。風の向
きも、強さも違う。
帆船は、帆を巧みに操り。進むこ
とになる。
外界へ出て、思わぬことが。
えりが、酷い船酔いに襲われた。
波は、たいして高くない。
船は、大きく揺れてはいない。
なのに、顔が青ざめ。躰が震えて
いる。そして、何度も吐いた。
「武芸の達人」と、思ったえり。
まさか、だ。
◇
出島を出で、二日目。
えりの船酔いも、治まった。
船から見えるのは、海だけ。
「船旅は、楽だが退屈」
眞一郎は、一人で船の先端を覗
くと。そこに冰冰がいた。
冰冰は、手招きし。
手振りで、何かを言っている。
「何やら、冰冰が船の最先端に
立ち。大きく両手を広げるから。
後ろから、腰を掴んで。支えて欲
しい」
と、言っているようだ。
その意図は、よく理解出来なか
ったが。
冰冰の後ろに回り、括れた腰を
両手で強く抱えた。
冰冰は、
両手を、大きく開き。
顔を、空に向け。
全身に海風を、受けながら。
「令人愉快的」
「令人愉快的」
を繰り返した。
突然、船が大きく揺れ。
危うく、投げ出されそうに。
眞一郎は、冰冰を抱き寄せ。
倒れ込んだ。
弾力のある膨らみが。
サラサラした絹から、伝わった。
その夜。
体調を回復した、えりが。
眞一郎の寝台に、潜り込んで来
た。
えりは。暗い、衝立越しの部屋で。
始めは、息を押し殺していた。
だが次第に、大胆に。
えりの動きと、
波の揺れが重なり。
寝台の軋む音が、響いた。
えりの、
躰を離す気配が、朧気に。
しばらく微睡と。
また求めて来た。
腰に手を回し、引寄せて。
「少し、痩せた?」
の、問いに。
「・・・」
両手首を掴み。一気に沈めた。
眞一郎。
瞬間。
全身が、金縛りに。
「えり?違う❕」
「・・・」
「冰冰。まさか冰冰」
と、声が震えた。
(つづく)
■登場人物の紹介は、適宜掲載。〈年齢は数え年〉
▶源平眞一郎。南町奉行所・与力。
▶えり。島田宿から旅に同行。
▶呉冰冰。清国商館長の娘。
▶呉亜綸。清国商館長。冰冰の父親。
■本作品に登場する、地域・人物・組織等の名称
及び写真・イラスト等は。フィクション作品につ
き、現存するものと無関係。
■また同様、法規的齟齬、言語や生活物資等の時代
考証の矛盾についても容赦を。
■特に、コミュニケーションツールの携帯やテレ
ビ、パソコン。交通手段の自動車や電車、飛行機
が無き時代を、念頭に。
■添削・校正なしでの配信につき、誤字脱字の程。
ご容赦を。
〈鰯の頭〉