鰯の頭のmy Pick

 

「鰯丸」と幼馴染の「まり」には。

互いの両親も知らない。

秘密があった。

 

実は、猫の「すず」と「まり」

が家に来て。

一緒に遊んでいる内に。

猫の言葉が、

分かるようになったのだ。

始め、ビックリし。

女中のたきや、母親のいねに、

このことを話したが。

まったく相手にされなかった。

 

ところが、

丸三屋の「まり」だけは。

私も、分かる」と、言った。

やはり、親に話したが。

相手にされなかった、と言う。

 

そして、更に驚いたのは

二人とも。

猫と話すようになってから。

 

記憶力が良くなり

一度に沢山のことが、覚えられ。

一度覚えたら、忘れなかった。

 

精神を集中すると。

見えないものや、

遠くのものが、見えるようにも。

もっと(すご)いのが。

これから起きる出来事を、

予知(よち)」出来ること。

 

鰯丸が、寺子屋や私塾で一番に

なれたのも。

まりが賢くなったのも。

この「記憶力」と「予知力」の

お陰。

 

 

時代は、宝永10(1710)()神無月(かんなづき10月)

鰯丸8歳。まり7歳。

 

猫を介して、家族同士の付き合

いとなった。(げん)(ぺい)家と三伊(みつい)家。

ある日、こんなことが。

 

両家の母親と、お供の女中に連

れられ。芝居見物に。

隅田川を「竹町(現在は)渡し(吾妻橋)」から、

渡し船で川向こうの、浅草へ。

猿若町には、沢山の芝居小屋が

建ち並んでいる。

 

子供向けの「人形劇」を見物した

のだが。

始まると直ぐに。

鰯丸まりの二人は。

「つまんない」と、言い出した。

いねが、「どうして」と()くと。

 

「芝居の中身が、分かるので」

「今、ヤクザが3人出て来る

と、鰯丸。

「次は、赤い着物の女の人が」

「きっと、刀で斬られるから」

と、まり。

 

すると、

ヤクザの格好をした。

男の人形が、3人現れた。

そして、赤い着物の花魁(おいらん)の人形

を斬りつけたのだ。

 

「ちょっと。ちょっと」

「あなた達。なんで知ってるの」

「どこかで、見たの」

と、訊くと。

 

「見てないけど、分かるの」

「母様、ここを出たら。甘味処(かんみどころ)

 お汁粉(しるこ)を食べるんでしょう」

「まりちゃんは、何か分かる」

と、鰯丸。

すると、まりは。

「女中たちは今ごろ外で。うど

を食べてるよ」

「早く帰らないと、渡し船の途

中で雨になるよ」と。

二人の母親は、顔を見合せた?

 

人形芝居は、二人が言った通り

になった。

帰りに、お汁粉を食べようとし

たことも。当たっている。

 

でも、これは偶然。

でも。もし女中達が、うどんを

食べていたら?

帰りの渡しで、雨になったら?

(鰯丸)、7(まり)の子供に。

分かるハズのない事。と

いねは思った。

 

 

ところが。

「うどん」も「雨」も的中した

のだ。

 

ビックリした「いね」は、

いつから二人は、「先のことが分

かるようになったか」を。

改めて問うと。

猫と話すように、なってから

と答えた。

この日の出来事は、互いの母親

が家に帰って。夫に報告した。

 

 

新年を迎え、松の内が明けた。

丸三屋の主人、三伊中(みついなか)(とし)は。

源平眞左衛門に、

密かに呼ばれた。

 

武士とは言え。

眞左衛門の屋敷は、狭く粗末な

ものであった。

だが、掃除が行き届いていて。

簡素ながらも、居心地の良い(たたず)

まいである。

 

二人が密かに会い。

話し合ったこととは。

 

一つは。

互いの息子と娘が。

「猫の言葉が分かることを」

「一切公言しないこと」

 

つまり、頭脳明晰は喜ばしいが。

(けもの)と会話」の噂が立てば、

士官や商売の妨げになる。

このことを、本人と家族。

互いの奉公人に対し、口止めを

徹底する。

二人の利害は一致し。

これを約束した。

 

更に二人は。

仰天の密約をしたのである。

 

眞左衛門は。

先代から、吉良家の庇護(ひご)のもと。

江戸で(つか)えて来たが。

武家(ぶけ)諸法度(しょはっと)も固まり、もはや今

の身分が、変わることは無い。

 

眞一郎の元服(げんぷく)を待って、「高家(こうけ)

下働き」を辞し。

武州(武蔵の国)郷士(ごうし)に戻る。

頭の良い眞一郎には、(わし)の跡

継ぎは無理。第二の「松の廊下

事件を、起こしかねない。

 

儂は、眞一郎を村藩(長崎藩)出島(でじま)

送り。

機をみて、海を渡ってもらいた

い。

あの子は「江戸の片隅」で、生き

る男ではない。

 

 

神妙(しんみょう)な顔で聞いていた、

三伊中利が。口を開いた。

「源平殿、(おそ)れ多いことながら」

「ご子息を、手放されるのなら」

「是非とも、この丸三屋に」

「お預け(いただ)け、ませぬか」

「実は、鰯丸様を数年前から」

「よく存じ上げて。おりまする」

「出来るならば、娘婿に欲しい」

「と、思っていたことも」

「されど、お武家様のご子息」

「とてもながら、言い出せず」

 

鰯丸様とまりが、夫婦(めおと)になれ

。丸三屋は江戸一番。いや、

日本一の呉服屋に

「いやいや。日本一の商人(あきんど)

 

(つづく)

 

■登場人物の紹介は、適宜掲載。〈年齢は数え年〉

 ▶源平眞一郎。幼名「鰯丸」。

 ▶源平眞左衛門。眞一郎の父親。

 ▶いね。眞左衛門の妻。眞一郎の母親。

▶まり。鰯丸の幼馴染。

▶たき。女中。鰯丸のお守役。

▶三伊中利。呉服商「丸三屋」主人。まりの父親。

■本作品に登場する、地域・人物・組織等の名称

 及び写真・イラスト等は。フィクション作品につ

き、現存するものと無関係。

■また同様、法規的齟齬(そご)、言語や生活物資等の時代

考証の矛盾についても容赦を。

■特に、コミュニケーションツールの携帯(スマホ)やテレ

ビ、パソコン。交通手段の自動車や電車、飛行機

が無き時代を、念頭に。

■添削・校正なしでの配信につき、誤字脱字の程。

ご容赦を。

〈鰯の頭〉