なつみかんの涙

なつみかんの涙

「人生いろいろ」

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ある集まりに出た。


まだ 自分の置かれているこの状況を

オープンにする覚悟ができていないので

書けないけれど


最近毎日チェックしているブロガーさんの主催の

お話会という集まりに参加してきた。


心理カウンセラーとしてご活躍されている方で

そこで体験させていただいたワークで


たくさんの気持ちが解放できた。


何を言っても「いや」と返されるワーク。

自分も「いや」というワーク。


「いや」をいうのが 結構自分にはパワーのいる行為で

どれだけ今まで 「いや」を言うことを避けてきたのかを感じた。


「受け入れられる」ワークで

まず私が 相手の方に言ったことは

「大事にして」「ほめて」だった。


相手の方が「がんばったね」と言ってくださったとたん

うわーっと涙がこみ上げた。


20年主婦をやってきて、ありがとうと言われたことがなかった。

子供の時も 親の手伝いや 自分のことを自分でするのはあたりまえ 

特別なことじゃないから 褒められるはずもない。

でも、しなかったら叱られるから 頑張る。

おねえちゃんだから我慢するのが当たり前。


せいぜい妹とは「平等」に扱うんだから 納得しろと言われている感じ。

大事にされたという実感が持てないまま 大人になったかもしれない。


親になってみてわかったが

もしかすると、私が母のコピーをしているからかもしれないが


娘のいいところをほめるのに 結構意識しないと褒められない自分がいる。

長女はもう高校生だが 最近何かにつけて「ね、ほめて。」という。

そうされることが 最初のころは「この程度で褒められるか!」と思ったものだが


今はわかる。

褒めて 認めるいいチャンス。褒めべたでもある私にはいいチャンス。

いっぱい 褒めてやりたい。えらいねって言ってあげるのを惜しまないようにしたい。


そして、ハグするワーク。


頑張って一番に手をあげて ハグの真ん中に入る。

なみだがこみ上げてくると どなたかがティッシュを下さる。

そういうやさしさひとつ ぐっとくる。


そしてまた違うどなたかが真ん中にきて ハグの輪が広がる。

その時 また感じたことは

自分が真ん中に入ることは なかなかなエネルギーが必要で 気恥ずかしくて

受け取りにくい と感じている自分がいたこと。


でも、違うどなたかにハグをすることは まったく抵抗がない。

その方が癒されるようにと 心から思って 子供をあやす時のようなトントンをしたくなった。


そしてそして、その場にいた皆さんどなたも

真ん中に入ることの方が 抵抗が強そうだったことも驚きだった。

自分より 周りを大事にしてきた 優しい人の集まりだったのだなと思う。


優しすぎて 自分が一番最後になっちゃって 苦しいんだな。みんな。

自分を大事にすることが苦手なんだな。


自分一人でいるときって 結構自分のやりたいことをやっているからいいけど

誰かがいるとき 夫がいるときは どうしても自分が優先できない。

親の代わりをさせてるのかもしれないな。


命令されて、支配されてた私。

支配され癖 何とかしなきゃね。

じゃないと、自分軸で生きてくことはできないだろうから。