「少年院の数学教室」

『僕に方程式を教えてください』

高橋一雄、瀬山士郎、村尾博司

集英社新書2022.3

 これは、少年院における教科教育の実践を通して「非行少年たち」の人間回復を図った記録である。この本は、私を打ちのめした。そして深く反省しつつ、そういう思いを超えて深く深く感動した。ぜひぜひ読んでいただきたい。

 高橋さんは1961年生まれ。数学指導者、つまり実践家。瀬山さんは1946年生まれ。数学教育者(群馬大学名誉教授)。二人は当時、群馬県赤城少年院院長であった村尾さん(1,959年生まれ)から数学の指導を頼まれる。そして、初めて少年院を訪れる。これが「物語」の始まりである。

 村尾さんは少年院の教育は「三重苦」を負っていると言う。少年院の在院はおよそ11か月である〈時間的制約〉、入院はばらばらの〈さみだれ入院〉、基礎学力の低さと学力差の〈基礎学力の問題〉。しかし、彼らは学びたいと願っており、学ぶ喜びと分かっていく喜びが自信となっていく。

 高橋さんと瀬山さんの二人は、彼らのプライドを尊重し、小学校算数の復習ではなく、「一次方程式」が解けるようになることを目標とし、「数学の言葉」で語ることを貫く。

18~19歳の少年を対象とした数学教室では、高認試験(かつての「大検」)合格者を出していく。その過程は本を読んでもらうのが一番の説得力です。

 さて、瀬山さんが、なぜ数学かをこう書いている。

「学問としての数学の性格は、数学の学びを急速に日常生活から引き離していく。もちろん、他の学問でも同じことです。しかし、理科などはその離陸の滑走路がとても長いのに対して、数学は小学校の分数や比あたりから急速に離陸を始める。ここに数学のひとつの特徴があります。抽象化が一気に進むのです。……

人間は抽象的なものについての想像力を持つ。そして、数学はその想像力を駆使する学問です。私はこのことを少年院に限らず、数学を学ぶすべての子どもたちに伝えたいと思います。」

「18,19歳の少年たちが少年院という更生施設の中で数学を学ぶ機会を持てたことは、私達が想像している以上に大切なことです。それは少年たちにもう一度学ぶことの大切さ、面白さを思い出させ、学びを通して人とつながることの大切さを感じさせ、想像力を通して外の人とつながっていく感性を養い、彼らの心を耕すことにつながると確信しています。」

村尾さんは、「学びには生きる力が宿っており、人生という航海を続けるためのお守りになるのだと信じています」と書いている。

ここにはその具体的な姿が書かれている。こんな事実も書かれている。

瀬山さんが数学講話で素数の話をしたときに、三つ子素数は3,5,7だけしかない、照明は難しくないがここでは証明しないと話した。後日、担当教官を通じて一通のレポートが届けられた、そこには見事な証明が書かれていたと。

高知の友人で、高校入試のための補習塾を開いていた森尚水さん(故人、通称「まめだ先生」)が、中学3年生しか受け入れない、特に地域の養護施設の子たちを受け入れていると話しながら、絶対に「希望する高校に合格させる」と胸を張っていた。森さんは小学校教師だったが数学が専門だった。そのコツは方程式にあり、たくさんの低学力中学生のつまずきを分析して構築した指導法があるのだと話していた。学びはじめると、彼らは施設から1時間ほどを自転車でやって来るのだが、雨降りでも休まずに来るのだと。

森尚水『希望 まめだ先生と朝倉ゼミナール 低学力を克服した奇跡の30年』(リーブル出版2011年)もぜひお読みいただきたい。

―心の扉には取っ手は内側にしかついていません。外側には取っ手がないのです。

          谷昌恒(北海道家庭学校第五代校長)