1月31日(木)曇り 道徳と読書96「D20 自然愛護」

①     『もうひとつの屋久島から』

 少し休ませていただきましたが、ブログは再開したいと思います。

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 私たちは観光客として屋久島を訪れ、白神山地を歩く。そこで、見られるものは、「見える」ように施された“自然”だ。その外回りの山や森はもう伐採されつくしている。いわば「モヒカン」になった髪の部分の中だけを歩いているかもしれないのだ。

 屋久島は江戸時代以前から激しい伐採にさらされてきた。その歴史も丁寧に記されている。千年を超える大木も、チェーンソーで挑めば、わずか17分ほどで切り倒されるという。

 「屋久島の原生林が次々と姿を消している」という危機感から保存の運動が始まったのは1970年代からだ。屋久島出身の若い人たちが故郷にもどって「屋久島を守る会」を結成。しかし、当初は孤立状態だった。そこからの苦難の道が書かれている。また、世界遺産に登録されて押し寄せる観光客のもたらす課題も書かれている。

「屋久島の豊かな森は、守られるべくして、守られた――。

 そう信じている観光客は多いと思う。ぼくも初めはそうだったけれど、取材をしてみて、じつはまったく逆だということがわかった。日本初の世界自然遺産の森は、たった数人ではじまった伐採の反対運動によって、奇跡的に守られた森なのである。

 その事実を取材で知って、ぼくの屋久島を見る目は、大きく変わった。それまでは、自然の豊かさを伝えてくれる島という印象だった。でも、長く島で暮らしながら、大勢の住民から取材することで、外からは見えない島の暗い部分もわかるようになった。そして、その「負の遺産」をかかえる屋久島には、いつの時代でも、自分の意見を言い続けることの大切さをも、次の世代に伝えてくれる力があると感じるようになった。

 たとえ、どんなに相手がえらい人でも、自分が「まちがっている」と思うことをしていれば、勇気を出して、「やめてください」と言わなければいけない。そして、もし、見て見ぬふりをして、何も言わなければ、取り返しのつかない結果になるのだ。」

 戦争やいじめもそうだろうと、筆者は力を込めて書いている。

 白神山地の場合もそうだが、「自然愛護」という背景に、自然を破壊する行為に対する粘り強い行動が必要であり、それを続けている人たちがあることを、あらためて思う。筆者は朝日新聞社に勤めていたが、2012年に屋久島に家族で移住。朝日新聞と鹿児島放送の屋久島駐在員。かごしまアニマシオン倶楽部の種村エイ子先生からのおススメで早速入手して読んだ。

 武田剛『もうひとつの屋久島から~世界遺産の森が伝えたいこと~』(フレーベル館2018.3,1500円