考えるということ
5月17日(木)晴れ 月刊「たくさんのふしぎ」
今月の『月刊たくさんおふしぎ 6月号』が評判をよんでいる。32歳の新進の哲学者・下西風澄(しもにしかぜと)さんが、『10才のころ、ぼくは考えた』という「子どもに向けたはじめての本」だ。
少年は石ころが好きだった。石にも「命」はあるのか。人間と石とはどうちがうのか…。次第に広がっていく、深まっていく。
――ぼくは想像してみる。石ひとつ、花ひとつ、砂粒ひとつ。それぞれのすべてが「ぼくは石だ」「私は花だ」「俺は砂だ」と思っていることを。なかなかおもしろい世界だ。
石や、花、砂だけじゃない。庭に生えた草も、川を流れる木の葉も、夜に輝く星たちも、ありとあらゆるものが、自分をもっていて、みんなが「ぼくは……」と思いながら、それぞれの世界を生きている。
そんなことを思うと、いっきに世界がざわめいて、鳥たちの声、樹々たちの声、星々の声,石たちの声が聴こえてくるみたいだ。
でも、もしも本当にみんながそれぞれに命をもっていて、それぞれの世界を生きていて、声を発していたとしても、その声を聴くのは、この「ぼく」だ。
そう考えていくと「命」よりも「ぼく/わたし」ということが、ぼくが生きていくことにとって大事なことかもしれない。――
このくだりがいいなあと思う。
下西さんはこう書いている。
「この絵本は、「哲学」という言葉も知らなかった子どもの僕が、一生懸命に一人手探りで考えていたプロセスを思い出しながら書き綴ったものだ。この絵本を手に取った誰かが、「考える」ということの広大さと自由さに、気づくきっかけになってくれれば嬉しいと思う。僕もまだ、考えている途中です。」(福音館667円)
下西さんのトークが、下北沢の「本屋B&B」で5月20日(日)15:00~17:00おこなわれる。1ドリンク付きで2000円。
写真が素晴らしい、解説的、説明的になっていないのがいい。開いたページが「考える」ことの広がりのある世界にいざなう。
数年前、下西さんにお会いして話を聞いたことがある。すごい勉強家だなと思った。納得のいく生き方、学び方をしていこうという純粋な青年らしさを感じ、深い尊敬も覚えた。
