10月16日(月)雨 『いのち』の本⑥ いのちのつながりまたは食物連鎖など

     =『いわしくん』他

 

『いのち』のテーマを考える時、「いのち」はつながっているという視点がある。とりわけ、全ての生物は、別の存在から「いのち」をいただいているという視点がる。よく給食で「お百姓さんが(この言い方は古いかもしれない)一生懸命育てたものをいただくのだから、残さず食べましょう」という言い方で話すことがある。「いあただきます」とは感謝の言葉である。また、命を提供してくれた生きものへの感謝でもある。

 でも、あまりそれを強調すると、「だから、何だ…」と言いたくなる子もでるだろう。これは軽く、楽しくいきたい。

菅原たくや『いわしくん』(文化出版局1993年、1262円)は、今も私の読み聞かせのベストテンにある。「ぼくは いわし。日本の海で生まれた」と始まり、獲られて、売られて、食べられる。そこからがおもしろい。ぼくを食べたのは、小学生の男の子だ。

「ぼくの肉は、人の体の一部になった。そして、ぼくは学校へいった。その日は プールだった。(そこで、プールで泳ぐ子どもたちが描かれる) ぼくはおよいだ。(いわしくんの顔がアップされる)ぼくは およいだ。」

低学年の子どもにはわからない。4年生以上がいい。

石川えりこ『あひる』(くもん出版2015年1,500円)はもっとストレートに描く。ある日、わたし(4~5年生)の家にあひるが来る。大分弱っているので、弟(1~2年生)と近くの川に連れて行って泳がせたりする。しかし、二、三日して、学校から帰ると、あひるはいなかった。お母さんがお鍋料理をしながら、「あひるは死んでしまったよ」と言う。とてもいい匂いがした。夜は鳥鍋だった。

石川さんの丁寧な語りと共に、やわらかく、あたたかい絵が「いのちをいただく」ことへの理解を助けてくれる。

 フィービー・ウォール『ソーニャのめんどり』(なかがわちひろ訳、公文出版2016年1400円)は、もっと強く考えさせる。森の中の農家であるソーニャの仕事はにわとりの面倒を見ること。ある夜、鶏小屋から 「バサバサバサ バタンバタン キィーッ!」とおそろしい音がして、小屋を見にいくと、一羽のめんどりがいない。きつねにおそわれたのだ。「ぜったいに きつねをゆるさない」と言うソーニャに、お父さんは語る。

「きつねはソーニャのめんどりをくわえて、もりのおくのすあなへかえっていった。そこでは こぎつねたちがまっている。きつねは まいにち たべものを持って帰るが、たいていは小さなねずみかもぐらだから、こぎつねたちはいつもはらぺこなんだ。

 たまには おなかいっぱいたべさせてやろうと、きつねはきけんをしょうちで ここまできたんだ。あのめんどりが ソーニャのものとはしらなかった。いや、たとえしっていても、こぎつねたちのためなら ゆずらなかっただろう。ソーニャのきもちはよくわかるよ。でも、はらぺこのこぎつねたちもかわいそうだろう?」

 道徳の授業で「いのち」をどう教えるか…、という対案をここで提起しているのはない。教科書から指導案、評価の観点まで細かに示されて管理されては、とても難しいことだ。しかし、人のモラルと生き方の問題は、人間教育・市民教育としてあらゆる機会を通じて、豊かに、柔軟に進めたい。そういう試みの中に、読み聞かせがある。だれでも、できる小さなチャレンジの積み重ね。