本日、ロボット・航空宇宙フェスタふくしま2017を見学。

とっても聞きたかったロボットクリエーター高橋智隆さんの講演を拝聴。

「ロボット時代の創造」
というタイトルで、今まで作られてきたロボットの紹介やデモンストレーションがメインでしたが、ロボット時代の重要ポイントがあちこちにちりばめられておりました。

・スマホからロボットへ
・端末と機器のインテグレーション
・人型である意味
・エコシステム

先日、私が地域ロボットインテグレーターとして講演させて頂いた際のポイントと一致しており感無量に。

特にこれから大切なのがエコシステム。

我々エンジニアは、エコシステムの上にロボットを着地させてあげなければならない重要な使命を持っていると考えています。

昨今ビジネスは、モノを販売するスタイルから、コトを提供するスタイルへ変化し、全体としてのエコシステムが形成されています。

高橋さんはAmazonEchoを例にわかりやすく解説して下さいました。
Kindleも同様ですが、アマゾンはハード売りで儲けを出すのではなく、それを通した新しい読書体験やショッピング体験で収益を上げています。

このアマゾンのプラットフォームに様々な人が参加しビジネスを行い生態系をなし、そのインターフェースにスマートスピーカーが登場しましたのが、今。

ロボット時代の入り口が見えてきたといってよいと思います。

地域にある従来型のエコシステムも、例えば路線バスの問題や学校統合など様々な軋みがでてきているのはご存知の通りです。

新しいロボット時代のエコシステムに向けて、一人一人が地域の事実を認識し、自分事と捉え、解決に向けて取り組んでいけたら、そこにきっと新しいロボットが降り立ってくれると考えています。

そんな日が来ることを楽しみにしています。

あっ、そういえば、先日申し込んだAmazonEchoの招待状もまだ来ていない(><)

どちらも待ち遠しいな。

 

夏も終わり秋を感じ始めたある夜のこと、車で農道を辿りある小さな町に入った。

まだ遅い時間でもないのにメインストリートと思しき道には人の姿がない。

しばらく進むと前方にわずかな明かりがぽつりと燈った。

なんだろうと思いながら道を進むとそれはみるみると数を増やし、ようやく無数の提灯である事がわかった。

提灯祭りの準備をしているところに出くわせたらしい。

さらに進むとにぎやかな祭囃子に笑い声、無数の夜店が現れた。

なんとも良い匂いが漂っていたのだ。


またある日のこと。

渓谷沿いの道を進むと、鄙びた温泉街とそこに佇む小さな駅にたどり着いた。

茅葺屋根のその駅はなんとも旅情を誘い、このまま汽車に乗ってしまえば、日本の最深部まで辿りつきそうな、そんな気分にさせられる。


またある日のこと。

田んぼの脇に石碑を見つけ、車を止めてしばし眺めていたら、農作業中のおばあさんと目が合った。

会釈すると、なんともいい笑顔を返してくれた。



 *   *   *


こんなところにも大きな町があるんだと思ったことは一度ではない。

役所があり、工場があり、スナックがあり、カラオケBOXがある。

人々の営みが感じられる。

まだ道も発達していなかった頃から人が住み、道の整備に伴い流通が増え、産業が興り、町が成長していったのだろうとその町の歴史に想いを馳せる。


 *   *   *


今、中央に集められた機能はまた地方へ、そして田舎の町々へ分散されようとしている。

スマートグリッドにも見られるように、自己完結型の地域社会、地域経済が必要な時代になってきたのだ。(歴史は集中と分散を繰り返すものですね)

そうなった時に、地域毎のコアコンピタンスが必要である事はもちろんの事、地域間の人の流通を促す為の情報資源がこれからは必要となる。

その情報資源としての可能性を見せてくれたのが、まさに「Ingress」だと私は思う。


小雨の中、延々と続く車一台がやっと通れる山道を通った事は一度ではない。

深い深い夜の山道で、カーナビとアプリを使っても自分が何処に向かっているかわからなくなったことも一度ではない。

イノシシのカップルに行く手を阻まれた事もある。


でもその先に、進化した田舎の姿が、私には見えて来るのだ。


 *   *   *

「Ingress」に興味がある方は、こちらをご覧下さい。

私はレジスタント(青エージェント)として皆さんをお待ちしております。
ホームページでもアプリでも、ソフトウェアを作る時にもっとも大切な事って何かわかりますか?

プログラムが組める事ではありません。

コンピュータの知識でもインターネットの知識でもありません。


そう、タイトルに書いてしまいましたが一番大切なことは「要件」です。


ソフトウェアを作り始める時にまず行う工程を「要件定義」と言いますが、この「要件定義」とは利用者の「要求」を具体的な形にする作業です。

「要求」には顕在化されているものだけではなく潜在的なニーズも含まれます。

本当に実現したい事、解決したい課題を明確にした上で、ソフトウェアを実現する為の「要件」を定義していきます。

例えば、ある地産商品の販売にホームページを利用したい(要求)と考えた場合、具体的に届けたい年齢層、性別、地域などを(要件)定義していきます。
すると、実はホームページよりも、新聞の折込チラシの方が効果的であったりします。

このように、この「要件定義」を正しく行わないと、作り手の独りよがりのホームページや使えないアプリが出来てしまいます。

さらに、悪徳業者?に相談してしまうと、受注目的で本当の「要件」を無視したホームページやソフトウェアを作成し、多額の開発費を請求されたり、ランニングコストを払い続けなければならなくなってしまいます。

これをソフトウェア「御用聞き」と私は呼んでおり、ソフトウェアの一番間違った使い方をしてしまっているケースです。

ソフトウェア開発においては「用件」ではなく、「要件」を聞いてくれる人が本当のソフトウェアエンジニアであると言えます。

見分け方は、「できます」「できません」「知っています」と答える人ではなく、「何に困っていますか?」「目的はなんですか?」と要件を一緒に考えてくれる人。


これはソフトウェアに限った事ではないかもしれませんね。


残念ながら、このソフトウェア開発においてもっとも大切な「要件定義」は、ソフト系の学校でもほとんど教えてくれません。

また、ある意味、エンジニアが最も不得手とする領域なのかもしれません。


デジタルネイティブなどと言われているこれからの子ども達が、他者の困り事をしっかりと傾聴し、「要件定義」してくれる大人に育ってくれる事を望んで止みません。


マーケティングというと販促活動やプロモーション活動と誤解される事が多いが、本来マーケティングとは価値の創造を半永久的に続ける行為である。

ビジネスモデルが骨格であるとするならば、マーケティングは血であり筋肉であると言える。

骨格が覚束なければ歩む事はできないし、血が通わなければ動く事すらできない。

マーケティングとはそんなビジネスの両輪の1つであると言える。

さて、地域における社会的活動においては、ビジネスモデルをソーシャルデザインと言い換える事ができる。

ソーシャルデザインとは経済、福祉、教育、医療などを柱とし、地域が半永久的に持続できる仕組みの事である。

そして、これらに血を通わせるのも、少し乱暴ではあるがマーケティング活動と仮設を立ててみてはどうか?(ソーシャルマーケティングという言葉もあるが、似て非なるものである)

事例を1つあげると「回覧板」がある。
これもソーシャルデザインの1つと言える。

この「回覧板」が、笑顔で一声かけて届けられるのと、ただポストに入れられているのでは、印象はどうであろうか?

毎回「回覧板」が届けられる度に長い世間話をされては閉口するかもしれないが、相手を気遣うほんの少しの思いやりと共に届けられれば、誰でもうれしいものではないだろうか?

そうして、回覧板は廃れずに、地域コミュニケーションの仕掛けの1つとして、今も続いているのではないだろうか?

このように、地域におけるマーケティング活動とは、目には見えず、派手さもなく、まして革新的ではない、ソーシャルビジネスプランコンテストなどに応募すれば、まず見向きもされないようなものなのである。

でも、これが「生活」であり「生きる」こと。

つまり、ソーシャルデザインにおけるマーケッティングとは、「生きる」ことであると言える。

ただし、なんとなく生きるのではなく「本気で生きる」こと、なんだと私は思う。


今どきは、線の細い、おしゃれなソーシャルデザイン風がもてはやされているが、100年続くものなんだろうか?と疑問に思う。

「生活」とは、「生きる」とは、もっとつらくて泥臭くて、

でも結構捨てたモンじゃなくて、、、

そこに必ず、ほんとうの笑顔があるって信じられるものなんじゃないだろうかと思う。

子供の頃、こっそり食べたチョコレートは格別だったのではないでしょうか?

寝る時間を過ぎて観たテレビ映画を、今でも覚えているのではないでしょうか?

親に無断での外泊は、とてもワクワクしたんじゃないでしょうか?


ある種の小さな決まりごとを破った時に、我々は小さな幸福を感じることが出来るらしい。

ただし、それが当たり前になってしまうと、どんどん小さな幸せは失われていってしまうものらしい。

「倫理」とか「徳」って、そんなものだと思います。
(その筋の方には怒られるかもしれませんが)

高尚なものだと考えるとデストピアになってしまいます。

そして、考える事も、感じることさえ出来なくなってしまう世の中が訪れる。


こころから


挨拶をしよう。

いただきますと言おう。

ゴミを拾おう。


お金では買えない幸せが、

そこにはきっとあるから。