「ステイホームの密室殺人 2」海星社 20年9月初版 1485円 

 

 「コロナ時代のミステリー小説アンソロジー」の第二巻目だ。コロナ禍は社会そのものを大きく変革した。生活習慣を変え、行動様式を変え、人々の心まで変えてしまった。三度の緊急事態宣言の発令があり、まるで戒厳令下のように息をひそめた日々が続いた。特異な現象なのに、それが長期間にわたったことで常態化した。この大変化の時代を生活してきた若い作家たちの、まさにコロナの時代を映し出すミステリー集だ。

 この一冊には、「ステイホーム殺人事件(乙一)」「潔癖の密室(佐藤友哉)」「すていほぉ~む殺人事件(柴田勝家)」「題名のない朗読会(抄)(法月綸太郎)」「迷惑な殺人者(日向夏)」「末恐ろしい子供(渡辺浩弐)」の6編が収められている。

 

 「ステイホーム殺人事件」。高校生の榊原夏が新型コロナウイルスに感染。自宅療養を開始して七日後。二階の自室では刺殺体となって発見された。彼を殺したのは母親だと僕は思っている。という書き出しで始まる。

 私、伊能臨と四ノ宮夕真先輩はノートパソコンのリモート会議用のサービスを利用して会話している。私と夏はこの春から高校二年生になるが、新学期になっても休校のまま学校は再開していない。夏はPCR検査で陽性が判明したが十代のため重症化のリスクが低いとされて自宅療養していた。外出もままならない母親は一階の居間で友人たちとリモートの飲み会をしていた。二階からうめき声が聞こえたので行ってみると、ベッドの上に横たわる遺体を発見した。胸に家の台所の包丁が刺さっていた。内開きのドアを押し開こうとした時、内側に何かが当たってドアが開かなかった。部屋の窓には内側からクレセント場が落ちていた。夏の二階の部屋は密室だった。この密室には四ノ宮先輩が深く関わっていたことが後で分かる。

 この物語とはまつたく関係しないが、四ノ宮先輩の口から唐突に「フランス短編のラ・ジュテ」という言葉が出てきて、それに驚いてしまった。このただ一言だけで、他に何の言及も説明もなかった。昭和40年にユニフランスフイルム社が主催した映画祭が青山の草月会館で開催され、まだ高校生だった私はそこで「ラ・ジュテ」を観ている。この映画は映画祭後一般公開されることなく、それから現在までこの映画のことが話題になったことはなかった。あまりにも突然だったのでしばらく茫然としてしまった。乙一はいつ、どこでこの短編映画を観たのだろうか、この映画を観て何を感じ取ったのだろうか、この映画について語り合いたい、思いは60年の時空を飛んで「ステイホーム殺人事件」どころではなくなってしまった。

 

 「潔癖の密室」。七日前この屋敷で殺人事件が発生した。殺されたのは兄弟の父親の佐佐木龍征。工場を経営していたがコロナ禍で仕事が無くなり妻がウイルスで死に、それをきっかけに工場をたたみ家族とともにこの屋敷の中に閉じこもる生活に切り替えた。私が招かれたのは龍征の死の謎を解決するためだった。

 PCのビデオ会議で家族全員が揃った事件当日の動画が再現される。龍征が突然画面から消えたので家政婦を呼び確認させる。ドアをノックしても中から返事がなくドアが開かないと言うので兄弟でドアを破って中に入ると龍征は背中をナイフで刺されて死んでいた。内側から鍵のかかったドア、書斎の床は踏むと音が鳴る、リモート通話している最中に兄弟たちの目前でという三重の密室の中での殺人だった。

 探偵は「佐佐木家四兄弟」と言い、長男は「おれたち兄弟は」と言う。だが兄弟の一人、泉は「パソコンしかお友達のいない不幸な女なの」と言っている。このセリフにすべての解決のヒントが隠されているのではと思ったが結局最後まで何もなかった。おまけに探偵は謎解きの最後に泉のことを「彼女は」と言っている。泉がキーパーソンでないのならば、誤導が目的でないならば「兄弟」ではなく「兄妹」と書き表すべきだ。ついうっかりしたのは作者かそれとも編集者か。

 

 「すていほぉ~む殺人事件」。[271]「本格王 2021 (21.6)」で読んでいるものだった。二度読んでも面白かった。「一部ではメイトさんに手を出しているとか言われていたけど」という一節、これは「メイド」の誤植だろう。「本格王 2021」ではどうだったか、そこまで調べる気力は起こらなかった。

 

 「迷惑な殺人者」。空から人が降ってきた、という書き出しで始まる。バルコニーに人が倒れていた。通報で二人の刑事が佐伯美奈を訪ねてきた。一人暮らしの2LDKの部屋で聴取を受ける。美奈はコロナ禍で打撃を受けたアパレルの店長だと自分を紹介した。聴取をしている時に、屋上を見に行った若い方の刑事から、風で飛ばないようにレンガが載せた遺書を見つけたという報告があった。屋上から落ちたことを偽装するには遺書が屋上になくてはならない、遺書が風で飛んだりしないようにレンガを載せ、前もって屋上に置くことができる。屋上からだと高いフェンスを乗り越えて飛び降りたことになるが、ベランダから飛び降りたらちょうどこの階のバルコニーに落ちる、刑事はこんな話をする。鑑識課員が到着したので、今夜はホテルに宿泊するという佐伯を見送った。

 この若い刑事が同僚とのリモートの飲み会でこの事件のことが話題になる。鑑識課員の到着と同時に佐伯奈美と名乗る女性が部屋から出て行った。その後に寝室から本物の佐伯美奈の自殺死体が発見された。死亡推定時刻はおれたちがあの部屋で事情聴取をしていた時間帯なんだ。死んだ女は佐伯美奈と名乗った女と同じブランドの服を着ていて、メガネもマスクも記憶にある同じ物、特徴的な目じりの泣きぼくろもあった。佐伯美奈はいつ死んだのか、佐伯奈美を名乗る女は誰か、自殺した男との関係がリモート飲み会で解き明かされる。