「密室殺人傑作選」 H.S.サンテッスン編 ハヤカワミステリ文庫 03年4月初版 987円 

 

 1971年にハヤカワミステリとして刊行され、2003年に再刊されたものだ。この一冊には、「ある密室(ジョン・ディクスン・カー)」「クリスマスと人形(エラリィ・クイーン)」「世に不可能事なし(クレイトン・ロースン」「うぶな心が張り裂ける(クレイグ・ライス)」「犬のお告げ(G.K.チェスタートン)」「囚人が友を求めるとき(モリス・ハーシュマン)」「ドゥームドーフの謎(メルヴィル・デヴィッスン・ポースト)」「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男(ウイリアム・ブルテン)」「長い墜落(エドワード・D・ホック)」「時の網(ミリアム・アレン・ディフォード)」「執行猶予(ローレンス・G・ブロックマン)」「たばこの煙の充満する部屋(アンソニィ・バウチャー)」「海児魂(ジョゼフ・カミングス)」「北イタリア物語(トマス・フラナガン)」の14編が収められている。最初の頁に「探偵小説が今日の姿にまで成長するのに、多大の貢献のあったフレデリック・ダネイに」という献辞があり、「序」は編者のハンス・ステファン・サンテッスンが書いている。古典の名品ばかりをこれから4回に分けて紹介していきたい。

 

 「ある密室」。シートンは半死半生の状態でデスクの後ろの床に昏倒していた。事件を発見したのは秘書と図書係の二人、部屋は完全な密室だった、とギデオン・フェル博士のもとにハドリー警視が相談に来ていた。

 レインというシートンの秘書がフェルを訪ねて来て事件の詳細を説明する。あの家にいたのは私と図書係のミルズの二人だけ。シートンは突然アメリカに行くと言い出し私たちに解雇を告げた。その後自分の部屋に入りそれから物音がしてうめき声、何かを叩きつけるような物音がしたので呼びかけ部屋に入ろうとしたが、ドアは内側から鍵がかかっていて開かない、ドアを破って中に入るとデスクの後ろにシートンが倒れていて他に誰もいなかった。ふたつの窓には内側から鍵がかかっていて、室内には人が隠れるような場所などなかった。私とミルズと倒れているシートンしかいなかったと言う。この「密室」の謎をフェル博士が見事に解決する。

 

 「クリスマスと人形」。リチャード・クイーン警部とエラリィ・クイーンの親子、エラリィの秘書のニッキィも登場する。弁護士ボンドリングがクイーン警部を訪ねて来た。デパートに特設会場を設けてフランス皇太子人形を展示することになった。金冠の頂に49カラットのダイヤが飾られておよそ11万ドルという値段がついている人形だ。今朝、「デパートの展示会場から盗み出す、明日、コーマス」という予告状が届いた。このコーマスというのは美術品を専門に狙う怪盗で、必ず犯行現場に名刺を残すことで有名だった。予告の日のデパートはクリスマスの大売り出しの日で朝から買い物客でごった返していた。警察の厳重な警備があり予告の日の営業が終わった。ボンドリングが銀行の金庫に運ぶために皇太子人形を取り出すと人形は模造品に入れ替わっていた。多くの警官の監視があり、人形は特別製の仕切りガラスの中に納められ、誰一人その側に近寄った者はいなかった。エラリィはこの謎の盗難事件を解決する。宝石を盗み出そうとする怪盗キッドとそれを防ごうとする名探偵コナンの姿が最初に思い浮かんだ。

 「イプソン夫人の閨房のいさおしとしては」の“いさおし”と、「てんにんかに飾られた女性の手によって集められたもの」の“てんにんか”がどうにも分からず国語辞典のお世話になった。“いさおし”は「勲し、勇ましい、雄々しい」とあって、夫人のベッドのなかのあれこれにはまったくそぐわない表現だ。また、“てんにんか”は「フトモモ科の常緑小低木。沖縄など暖地に自生し高さ約2メートル、夏紅紫の五弁の花を開く。実は暗紫色に熟しジャムなどになる」とあった。“いさおし”は訳語の選択を誤り、また“てんにんか”でなくても話は通じる。このふたつとも誤訳の見本のような事例だ。

 

 「世に不可能事なし」。大奇術師にして探偵のグレイト・マーリニが活躍する一編だ。奇術に使う仕掛けのある道具が並べられたマーリニの店のカウンターの後ろには、「世に不可能事なし」というスローガンが掲げられれてある。私とマーリニは、引退してUFOの研究を始めたという実業家の屋敷を訪ねる。実業家が工房として使っている部屋から銃声のような音が聞こえた。ドアには鍵がかかっていたので破って中に入ると、実業家の娘婿で、会社の経営を引き継いだケインが床に裸で倒れていた。実業家は耳の近くから拳銃で撃たれたようだが拳銃はどこにもなかった。ケインはいきなり後頭部を叩かれて気を失ったと言う。犯人はドアから出るよりないが、この部屋の前に私とマーリニがいた。床にケインの上着が置かれその中にボタンがとめられたワイシャツ、ワイシャツにはネクタイまで巻かれていた。犯人はケインを殴って気絶させ服を脱がして裸にして、さらに脱がせた服を床の上に形を整えて置いたことになる。工房はドアがひとつあるだけの密室だった。工房の中を詳しく調べると戸棚の上の積もった埃の上に裸足の小人の宇宙人のような、4インチほどの指が三つしかない小さな足跡が見つかった。

 実業家は拳銃によって殺害されたのか、その拳銃はどこに行ったのか、ケインはなぜ裸にされたのか、宇宙人の足跡とは何か。「問題設定が間違っているのだ」と言ってマーリニはこの密室殺人事件を解明する。