「密室殺人大百科 (下) 」(その2) 二階堂黎人編    講談社文庫 03年9月 1099円

 

 先週に引き続き、「密室大百科」下巻の後半、「答えのない密室(斎藤肇)」「時の結ぶ密室(柄刀一)」「チープ・トリック(西澤保彦)」「泥具根博士の悪夢(二階堂黎人)」の新作書下ろしの4編と虎よ、虎よ、爛爛と・四番目の密室(狩久)」と「ブリキの鵞鳥の問題(エドワード・D・ホック/村上和久訳)」を紹介したい。

 

 「答えのない密室」。連続殺人事件の容疑者に会いに行こうとしている世界最高峰の名探偵凡堂とその協力者山上。「壊すまで、そこには誰もはいることができない」という冒頭の一行、まさにその現場は核シェルターだった。

 容疑者は鹿崎という同性愛者の作詞家でこのひと月の間に五人以上殺害している。ほとんと犯人と断定して良いところまで捜査は進展していた。鹿崎の屋敷の庭の地下に設置されたシェルターは核ミサイルにも耐えるように設計されたもので出入り口がひとつあるだけで、扉の外には鍵穴すらない。ただモニターで内部を見ることができた。そのモニターに、背中にナイフが突き刺さったまま横たわる人物が映っていた。犯人は彼の愛人の男か、彼だけがこの中に入ることができる人物だった。シェルターの中に置かれた、内部のごみを細かく裁断して流してしまうというディスポーザーが暗示される。「壊れれば、そこから出ることができる」が最後の一行で、密室の解決は書かれていない。まったく題名のとおり答えのない密室だった。

 

 「時の結ぶ密室」。被害者は建築コンサルタント会社を運営、地方文化人としての文化活動やミステリー評論も手掛ける評論家でもある。彼が鉄製の扉を閉めようとした時正面から撃たれた。銃撃の瞬間彼の正面にはその扉しかなかった。銃声を聞いた者はいなかった。開かれた空間ではあるがこれも「密室殺人事件」だ。

 昭和29年、旧緒宮家の婚礼の夜に、若い当主が吉凶を占う儀式の最中に殺害された。儀式の行われた籠り堂は窓ひとつもなく、人が隠れるような場所もない小部屋だった。射殺でありながら拳銃も弾丸も発見されなかった。過去に起きた密室殺人事件を解こうとしているなか、自らも空間の密室の中で銃撃され倒れる。過去と現在の密室殺人事件が交錯する物語だ。

 

 「チープ・トリック」。西澤保彦がこのような傾向のものも書くのかと少しばかりの驚きがあった。暴力とエロティックな描写、強姦の場面、そして鮮烈なレズビアンの描写が連続する。

 街でブロンドの女性を見かけると、車で拉致し古びた協会に連れ込んで犯すということを繰り返してきたスパイクという悪童がいた。主人公トレイシィは15歳の高校生だ。同級生のスパイクの取り巻きがトレイシィの家に来て、昨夜街で見かけたナタリーをいつもの教会に連れ込んだが、スパイクもブライアンも首を切られて殺された、教会の窓も扉も全部外側から板を打ち付け出入りできるのは正面玄関だけ、そこには自分がいた。スパイクは教会の中に逃げ込んだナタリーを追って車で突っ込んで行った。呼んでも返事がないので中に入るとスパイクもブライアンも首を切られて床に転がっていた。正面以外からはどこにも出られない。袋のネズミだったはずのナタリーが消えた。あの状況下では誰も凶器なんか持っていない。今度はおれがやられる、と泣きついた。

 トレイシィは一緒に教会に出かけこの密室の謎を解く。トレイシィとナタリーはレズビアンの関係だ。

 

 「虎よ、虎よ、爛爛と・・101番目の密室」。この一編は「幻影城」1976年3月号に書き下ろされたものだ。

 「瀬折研吉は不機嫌だった」という書き出しで始まる。アルフォンゾ橘は橘サーカスのスターで世界に知られる猛獣使いだ。彼は江川蘭子に憧れていた。江川蘭子は密室殺人事件を好んで書く探偵小説家で、彼女の単行本の表紙はすべて彼女のヌード写真が使われた。その写真を撮影するカメラマンの砂村喬も蘭子に憧れていた。蘭子の次の新作は「虎よ、虎よ、爛爛と」と題した密室殺人事件だった。場面が変わり、大工の棟梁の辰五郎は死ぬ間際に「あの仕掛けに誰が気づいただろう。鍵がかかっていても、いつでも開くんだ 」と思う。

警官が道路に倒れているカメラマンの砂村を発見する。その首には吹き矢が刺さっていて、地面に“らんこにやられた”というダイイングメッセージがあったので警官が蘭子の家に行く。蘭子は半裸で机の上に立ってイスを振り上げ、その周りを巨大な虎が歩き回っていた。

蘭子の家のドアは棟梁の辰五郎が作った。このドアは内側から鍵をかけた時だけ外側の隠し釦で抜け穴が開き、中に入って内側から鍵を開けると抜け穴が閉まるという仕掛けのドアで、蘭子は間違えてこのドアを逆に取り付けてしまった。

 素人探偵として有名な風呂出亜久子が探偵小説家の瀬折研吉に、「一番賢い殺人の方法は殺人の行われた事さえも誰も知らないこと、二番目に賢い方法は人が死んだことは分かっても誰も殺人だとは思わないこと、第三は殺人であることは分かっても犯人が分からないという形よ。もし、密室殺人というものに意味があるとしたら、密室内で死亡しているから自殺だ、と思わせることだけ」と言う。

 この作品の末尾に<※狩久氏の著作権継承者との連絡がとれませんでした。著作権者のご消息をご存じの方は連絡先をお教えください。講談社文庫出版部>という付記があった。狩久は77年に死亡している。

 <第四幕 密室をさらに楽しむために>で、編者の有栖川が「たった今思い出せた作品」として選んだわが国の名作短篇の中に、狩の「共犯者」と「見えない足跡」と本作の三作品を挙げている。

 

 「ブリキの鵞鳥の問題」。今日はなんの話をするんだったかな? 老サム・ホーソーン医師はそう言いながら、「ああ、1930年の夏にノースモントに飛行サーカスがやってきたときの話だった」と言って話し始める。機体が全部金属でできている<ブリキの鵞鳥>と呼ばれる飛行機の操縦室の中でサーカス団の団長が刺殺された。操縦室の窓もドアも内側から鍵がかかっていた。この密室の謎を若き日のホーソーン医師が解決する物語だ。