「密室殺人大百科 (下) 」(その1) 二階堂黎人編    講談社文庫 03年9月 1099円

 

 下巻のこの一冊は、編者二階堂黎人の<まえがき>に続いて、<第三幕 書下ろし密室ミステリー競演>「死への密室(愛川晶)」「夏の雪、冬のサンバ(歌野晶午)」「縛り首の塔の館・シャルル・ベルトランの事件簿(加賀美雅之)」「らくだ殺人事件(霞流一)」「答えのない密室(斎藤肇)」「時の結ぶ密室(柄刀一)」「チープ・トリック(西澤保彦)」「泥具根博士の悪夢(二階堂黎人)」の新作書下ろしの8編、<第四幕 密室をさらに楽しむために>「密室講義の系譜(小森健太朗)」「日本の密室ミステリ案内(横井司)」の二本のミステリー評論、さらに「虎よ、虎よ、爛爛と・四番目の密室(狩久)」と「ブリキの鵞鳥の問題(エドワード・D・ホック)」の二編が納められている。<必読・密室殺人 あとがきにかえて>は二階堂黎人、解説は横井司が書いている。一回で全部を紹介しきれないので(その1)(その2)の二回に分けて紹介していきたい。

 

 「死への密室」。宮城県警黒岩署捜査一課のキリンと呼ばれる桐野義太刑事と、17歳高校三年生の根津愛のコンビが活躍する。キリン刑事は愛のことをひそかに美少女代理探偵と呼んでいる。愛ちゃんの父親の信三は退職するまで宮城県警きっての敏腕刑事だった人だ。

 警察学校の同期の友人が、家の中からみんなの目の前で壁を通り抜ける脱出ショーを見せるので立ち会ってもらいたいと新築した家に招かれる。テーマは「密室」ではなく「密室からの脱出」だ。新築した住宅は住宅地の一番東端にあり二階建ての母屋に平屋が壁一枚で接している構造になっていた。平屋の部分は将来集会場として使う予定があるので平屋にも母屋とは別に出入りの扉があった。母屋側の平屋に接した小部屋に全員が集められ、この部屋から脱出すると宣言し、集まった四人の目の前でドアや窓に紙テープで封印する。そして四人にはアイマスクをつけ片足で立つように指示され、集中するためという理由でラジカセから最大の音量で読経が流される。そして彼の脱出劇は見事に成功する。

 「私は必然性も現実性もない密室トリックを認めないわけじゃないの」「いくら必然性や現実性かあってもミステリーとしてつまらなければ何の価値もない」と美少女代理探偵は言う。まつたくお説の通りだと思った。

 [226]「名探偵はここにいる(01.11)」で読んだ「納豆殺人事件」は「少女探偵根津愛」シリーズの一編で、この中で「根津愛七歳。あと数日で二年生になる」と紹介されている。わずか二年で「17歳になったばかりの女子高の三年生」になっていた。それを最初に驚いた。

 

 「夏の雪、冬のサンバ」。舞台になるのは築数十年の、床が窓側に向かってひどく傾いているような古びた木造のアパートだ。一階二階にそれぞれ四部屋、一人の日本人を除き在日外国人が住んでいる。ナイフで背中を刺された刺殺体が室内は内側から鍵がかけられた部屋のなかで発見された。事件があった時は雪が止んでいてアパートの前には入って来る足跡だけで出て行った足跡はない。つまり犯人が外部から来た形跡はない。しかし、犯行があったと思われる時間はそれぞれにアリバイがありさらに犯行のあった部屋は密室だった。この謎を八神一彦という探偵が解明する。

 

 「縛り首の塔の館 シャルル・ベルトランの事件簿」。いかにも本格的な「密室殺人」らしい重厚な一編だった。

 [210]「本格推理 14(99.6)」の「我が友アンリ」では田辺正幸名義、[212]「新・本格推理01(01.3)」「暗号名「マトリョーシュカ」 ウリャーノフ暗殺指令」では長谷川順子と田辺正幸の共作、[213]「新・本格推理02(01.3)」の「「樽の木荘」の悲劇」も長谷川順子と田辺正幸の共作、[220]「新・本格推理 特別編(09.3)」の「聖アレキサンドラ寺院の惨劇」で初めて加賀美雅之名義になっている。

 「君は霊体が人を殺せると思うかい」、予審判事シャルル・ベルトランが昔自分が体験した事件を甥に語り始める。自身を偉大な心霊術者だというマノリクスと、彼を稀代の詐欺師だと弾劾するグッドフェロー氏、衆人環視のなかで肉体から霊体を分離させ、30マイルも離れた場所にいるグッドフェローと決闘して戻る、という実験に立ち会うことになった。この呪術用の短剣でグッドフェロー氏を殺害して戻ると言って、その短剣を皆の前で手提げ金庫の中に入れ鍵を立会人に渡す。それから地下室に移動する。地下室はL字形になっていて手前の円卓に立会人たちが座る。L字の右奥は石炭蔵で、階段で地上に通じていたが外側から鍵がかかり、左側は物置になっていた。マノリクスは甲冑を身につけ椅子に座り、さらにロープで椅子に縛り付けられL字形の部屋に鍵が掛けられ閂が下ろされる。監視窓が開いていて、そこから3時間、30分交代で監視することになった。監視を交代するたびに中にいるマノリクスに声を掛けることにし、呼びかけるごとに返事があった。

 グッドフェロー氏が自宅の居間でナイフによって殺害されたという連絡が入る。護身用の拳銃を発射した跡があった。閂を外し鍵を開けてL字の部屋に入ると甲冑のなかでマノリクスは胸に銃弾を受けて絶命していた。しかし甲冑には銃弾が貫通した穴はなかった。手提げ金庫の中にあったナイフにはグッドフェロー氏の血が付いていて、マノリクスの体内から取り出された銃弾はグッドフェロー氏の銃から発射されたものと確認された。

 地下室という密室、立会人の監視の中、30分おきに声をかけ返答があったという状況で、偉大なる心霊術者マノリクスは霊体となって30マイルもの距離を飛びグッドフェロー氏と決闘、相打ちになってしまった。この謎をシャルル・ベルトランが解明する。

 

 「らくだ殺人事件」。豪華にも二つの「密室」が登場する。人気作家と二枚目俳優、お笑い芸人の三人がテレビ番組のロケの場面から始まる。先週のエジプトロケで事故が起きた。石造りの五メートル四方、高さ三メートルの立方体のピラミッド監視小屋の中から一晩でミイラ化したディレクターの死体が発見された。小屋の半分は砂に埋まっていて、その傍らにはやはりミイラ化したラクダが横たわっていた。

 日本に戻り撮影が再開されたが、現場で何か起こるのではないか心配したディレクターに雇われたのが紅門福助という探偵だ。撮影現場の近くに作家が趣味の陶芸を飾るために作ったログハウスがあった。正倉院のように高床式で地面から1メートルほどの高さに床があり四本の柱で支えられている。このログハウスの中でエジプトで姿を消したディレクターの死体が発見された。密室状態のログハウスの内部は嵐に荒らされたように飾られていた皿や壺が床に落ち散乱し、床に全身が包帯でグルぐるまきにまかれたミイラ男のようなディレクターの死体があった。死因は絞殺だか不思議なことに肩や股関節、両足首の関節が外されていた。このログハウスの鍵は管理人しか持っていないものだった。エジプトの祟りのような密室殺人事件を紅門福助が見事に解決する。