「密室殺人大百科 (上) 」(その1) 二階堂黎人編    講談社文庫 03年9月 1099円 

 

 「密室大百科」上下二巻の上巻だ。「まえがき」を編者の二階堂黎人が書き、<第一幕 書下ろし密室ミステリー競演>は、「疾走するジョーカー(芦辺拓)」「罪なき人々VSウルトラマン(太田忠司)」「本陣殺人計画 横溝正史を読んだ男(折原一)」「まだらの紐、再び(霧舎巧)」「閉じた空(鯨統一郎)」「五匹の猫(谺健二)」「正太郎と田舎の事件(柴田よしき)」「泥具根博士の悪夢(二階堂黎人)」の8編。<第二幕 密室をもっと楽しむために>は、「密室ミステリ概論(ロバート・エイディー)」「マーキュリーの靴(鮎川哲也)」「クレタ島の花嫁 贋作ヴァン・ダイン(髙木彬光)」「デヴィルフィッシュの罠(ジョン・ディクスン・カー)」の4編。<密室殺人アンソロジー>は二階堂黎人による既刊のアンソロジーのブックガイドだ。「解説」は末國善己が書いている。

 「まえがき」で、編者の二階堂は「この本の執筆依頼をする際、次のように要求した。① ちゃんとしたトリックのある密室もの。② 設定としては「密室殺人」「足跡のない殺人」「閉鎖空間での人間消失」に限る、とした。推理小説におけるこの奇跡をじっくりと堪能してほしい」と書いている。「密室殺人大百科」に寄せられた渾身の書下ろし、「推理小説における奇跡」を二回に分けて紹介していきたい。

 

 「疾走するジョーカー」。森江春策が解決した「疾走するジョーカー事件」だ。別荘の部屋の配置図が提示される。南北に長く中央のホールが正面入り口と裏口に通じ、六つの客室と食堂と物置がある。その図が壁に貼られ「現在位置」が●で示されている。東側、図の右側の上から女性記者、能見夫妻、夫妻の息子の部屋。西側、図の左側の女性記者の向かいが弁護士の部屋であとの二部屋は空室。能見夫妻の息子は麻酔連続暴行事件の容疑者だったが、弁護士の弁護と女性記者のキャンペーンで無罪になっていた。この息子に復讐するという脅迫がありそこで寝ずの番というアルバイトを頼まれた主人公、というところから物語が始まる。

 ホールの中央、部屋全体が見渡せる所に椅子を置き、アルバイトの青年は寝ずの番をしていた。弁護士の部屋から突然ジョーカーが飛び出して来た。化粧した顔と奇抜な衣装、まるでトランプのジョーカーそのもので、手に血が滴ったナイフが握られていた。そのまま向かいの女性記者の部屋に駆け込んだ。その一瞬の後、気配で後ろを振り返るとジョーカーが立っていて脳天を殴られ気絶する。気を失う前、ジョーカーは女性記者の北側の物置部屋に入って行ったのを見た。弁護士が部屋の中で刺殺されていた。弁護士の部屋は内側から全ての窓に鍵がかかっていた。この別荘に誰かが入り込んだ形跡は発見できなかった。女性記者はドアに鍵を掛けていて、誰も来なかったという。ジョーカーは確かにホールを横切って女性記者の部屋に駆け込み、その後アルバイトの青年の背後に回り込み頭部に打撃を与え、そして物置に駆け込んだ。ジョーカーはどこに消えたのか。

 森江春策がこの謎を解明する。見取り図が重要な鍵になっている。

 

 「罪なき人々VSウルトラマン」。マンションの屋上、フェンスを乗り越えて突っ立っている人物はウルトラマンのお面を被っていた。花壇にスピーカが仕掛けらその人物と会話が出来るようになっていた。主人公は少女向け漫画の漫画家霞田千鶴、資料を借りに来てこの出来事に遭遇する。衆人環視の中、ウルトラマンが消える。警察が屋上に駆け上がると、そこにはウルトラマンのお面だけが残されていた、という人間消失の物語だ。衆人環視の中での人間消失も「密室」のひとつのヴァリエーションなのだ。

 

 「本陣殺人計画 横溝正史を読んだ男」。横溝の「本陣殺人事件」に倣った殺人計画、だがそれは失敗に終わる。

 旧本陣の笹原家は茅葺の母屋とその背後の離れからなっている。離れは新婚の叔父夫婦のために改築されて、間取りは横溝の本陣殺人事件に登場する離れに良く似ていた。おまけに池があり水車もあった。主人公の光太郎は横溝の「本陣殺人事件」に惚れ込んでいた。財産ばかりか自分の恋人まで奪った叔父が許せない、離れは「本陣」とまつたく同じ構造、新婚初夜を迎える離れで叔父を殺してしまおうと考える。

 「光太郎の考案した仕掛けを文章で説明しようとしてもなかなかわかりにくい。しかし「本陣」だってトリックが難解で、横溝自身トリックの図を残していない」、さらに「横溝は「本陣」を書いたとき、そのトリックが実際にうまく作動するかどうか考えたことがあるのだろうか」という著者の言い訳でトリックの詳細はあまりよく分からない。

 関東平野のど真ん中にある田舎町の白岡警察署の、密室殺人事件が大好きな黒星光警部が登場する。「つまり、これは密室ではないのだな」という黒星の問いかけに部下は「そう見えますね」と応える。「密室殺人事件が大好きな黒星警部にとっては、何ともおもしろみのない事件だった」という一行で終わっている。

 本格短編ベスト・セレクションの[94]「天使と髑髏の密室(05.12)」で<「黒星警部の夜」あるいは「白岡牛」>という副題が付いた「北斗星の密室」を読んでいる。密室殺人をはじめとする不可能犯罪の熱狂的なマニアで数々の事件において大失態を演じ続け、左遷につぐ左遷でとうとう埼玉県のド田舎の警察署に飛ばされた黒星警部の活躍は本編の続編になるものだ。

 

 「まだらの紐、再び」。二つの密室に二つの死体、女性はマンションの鍵のかかった自室で蛇に噛まれた蛇毒で、マンションの管理人は鍵のかかった管理人室で同じく蛇毒で死んでいるのが発見された。マンションの管理人の右手首が切断され持ち去られていた。女性と管理人の二人の身体から同じ成分の蛇毒が発見された。一度室内に放たれた毒蛇を犯人が回収するすべはない。同じ一匹の蛇が二カ所で殺人を犯したとは限らないと考えれば蛇は二匹いたことになるが、女性の部屋からも管理人の部屋からも毒蛇は発見されなかった。

深夜、警視の家に二人の部下が訪ねてきた。警視は二人の部下にそれぞれに課題を与えて成果を報告させていた。

 署内に麻薬関係の情報を暴力団に流している者がいるらしい、それをつき止めるように指示し二人のライバル心を煽っていた。この警視は自宅でインドで最も危険な毒蛇といわれる毒蛇を飼育していたこと、密室の中で蛇毒で死んでいた女性は覚せい剤の常習者で右の腕に注射の跡があったこと、このふたつと、署内に麻薬関係の情報漏えい者がいる、この三つが最後に見事に収束する。なぜ、管理人の右手首が切断され持ち去られたかの説明も納得のいくものだった。

 後動悟という青年が事件を解決する。殺された女性の隣の部屋に住んでいる大学の後輩に呼ばれて来たという説明だけで、この青年が何者なのかという説明はなかった。これまでに読んできたアンソロジーでは一度も登場していない。長編担当の探偵なのだろうか。