甦る推理雑誌⑤「密室」傑作選 ミステリー文学資料館編 光文社文庫 03年3月 780円

 

 光文社文庫から「ミステリー文学資料館」編の傑作選集が刊行されている。「幻の探偵雑誌シリーズ」として「プロフィル」から「新青年」まで10巻、「甦る推理雑誌シリーズ」として「ロック」から「宝石」まで同じく10巻を読むことができる。このシリーズ全20巻は日本の推理小説の発展を知るうえで実に貴重な文献史料である。その中の「甦る推理雑誌」の第5巻が「密室」だ。この「密室」には京都在住者で結成された「京都宝石クラブ」、後にSRの会と改称された会報「宝石」からセレクトされた作品が集められている。

 この一冊には、<鬼たちの熱気に満ちた「密室」>と題した山前譲の「まえがき」、長く「密室」の編集に携わった竹下敏幸の「苦の愉悦・密室初刊に際して」と題した巻頭エッセイに続き、「罠 (山沢晴雄)」「訣別 副題 第二のラヴ・レター (狩久)」「草原の果て (豊田寿秋)」「呪縛再現 (挑戦篇) 宇田川蘭子 (鮎川哲也)」「呪縛再現 (後篇) 中川透 (鮎川哲也)」、長編小説「圷家殺人事件 (天城一)」、巻末エッセイ「赤い夢と老後の楽しみと私的な伝言 (はやみねかおる)」、「太平洋戦争終結後十年の推理小説界と世相」と題した年表、<密室」総目次><「密室」作者別作品リスト>が付録されている。

 

 「罠」。製図の寸法の誤記載が原因で間違った試作品が出来てしまった。まったく自分のミスが原因だが何とかこれを糊塗し責任を転嫁したいと考える。ちょうど宿直当番の夜に機械工場の旋盤をすこし細工し検査場事務室に保存されている図面を修正した図面と取り換える。翌朝、旋盤で事故が起き旋盤工が死亡しその工員の彼女が鉄道自殺した。「いまさら取り返しのつかぬものを、おれはきっぱり忘れよう。今はそんな俗事に何の感慨もない。男子生きがいのある仕事に専心取り組んで、おれは昨今、とみに多忙なのだ」という主人公の述懐で物語を閉じている。「密室」も「罠」もどこにもなかった。戦後のすさんだ精神のようなものが垣間見えた。

 

 「訣別 副題 第二のラヴ・レター 」。「私」で語られる「落石」の解釈だ。「落石」は「ミステリーの愉しみ① 奇想の森(鮎川哲也・島田荘司責任編集91年12月」で読んでいる。本編の「落石」を読まなくても一編の物語として面白く読んだ。今まで読んできたアンソロジーの中に、このような私小説風な一編がいくつか思い当たった。

 

 「草原の果て (豊田寿秋)」は[286]「密室探求 第一集」(その1)で紹介している。

 

 「呪縛再現」の (挑戦篇)と(後篇)の二部構成になっている。鮎川哲也の作品だが(挑戦篇)は宇田川蘭子、(後篇)は中川透の名義になっている。(挑戦篇)では名探偵星影竜三が登場して謎を解明するが、何とも歯切れの悪い終わり方になっていて、(後篇)の後段になって警視庁の鬼貫が現れすべての謎が明らかにされる。

 宇田川蘭子という名前を見て、二階堂黎人が生んだ名探偵二階堂蘭子、狩久の「虎よ、虎よ、爛爛と 101番目の密室」に出てくる密室殺人事件を好んで書く探偵小説家江川蘭子、思いが飛んでしまった。

 

 明確に「問題篇」「解答篇」という形にはなっていないが、冒頭に「犯人探しに興味のあるかたがおいてでてしたら、犯人の名前とその推理をお聞かせください。各事件を通して、一人の犯人による単独犯行です」と掲げられてあった。

 (挑戦篇)。熊本県人吉市の市街地から少し離れたところにある緑風荘が舞台だ。緑風荘は九州芸術大学のレクリェーション施設で七人の大学生が泊まりに来ていた。夕食の前、全員が揃ったところで、柳なおみから橘と松浦沙呂女の婚約が発表された。そのなかには橘を慕っていた日高鉄子、沙呂女を想っていた横田がいた。おなみは牧村と将来を約束していた関係だった。翌朝、変わり者の行武が日めくりのカレンダーの裏に止められていたメモを見つける。それには英文で「お津賀の呪い、汝が上に再現せん Z」とあった。

 管理人が祠の前に落ちていたとスペードのAのカードを持って来た日の朝食後、沙呂女がコーヒーを淹れて一人一人に手渡した後、自分のコーヒーを飲んだサロメが倒れる。食堂の入り口にスペードのクイーンのカードが落ちていてそれには“最初の死”とタイプされていた。医師により毒死とされた。県警の辛島警視と川辺検事が現場に来た。さらに「漆黒の髪を七三に分けコールマン鬚を生やしたいかにも洒落物の紳士」星影竜三が登場して現場を仕切る。婚約者である橘の死体が釣りに行った川で発見された。傍らに“第二の死”と印字されたスペードのキングが落ちていた。名探偵星影は「橘は沙呂女のナイフで殺害された。そのナイフは沙呂女の服から出てきたものだ」と語り、「僕は自分の犀利なる頭脳を駆使した結果、わけなく犯人を指示する推理の組み立てに成功した。諸君は大学生だ。自ら名乗り出て堂々と裁きを受けることを望む」と言って警視と検事に両三日待ってくれるよう頼む。ここまでがいわゆる「問題篇」で事件は(後篇)でも起こる。

  (後篇)。横田が自殺した。傍らに“Z氏ここに自殺すと”とタイプされたスペードのジャックが落ちていた。頼りにしていた私立探偵が手を挙げてしまい、一向に解決の兆しが見ない辛島のもとを警視庁の鬼貫が訪ねて来た。「天才的な私立探偵として名高い星影氏の名声に惑わされて、彼の眼を通じて事件を見ていたのが誤りのもとだつたんだ」と言って事件を再検討する。

 沙呂女が橘より先に殺されたというデータは何一つない。犯人がわざわざカードを残した理由は女性が先、男性が後という先入観を与えるためだ。長く釣りをしていたように見せるために鮎をたくさん魚籠の中に入れたがそれは腐っていた。沙呂女が殺されるより前に緑風荘を出たのは一人の男性と一人の女性、男性が被害者なら女性が加害者だ、と推理を語る。犯人は誰か、動機は何かについてはここでは書かない。

 「解説」に「呪縛再現」は「リラ荘殺人事件」の原型になった作品とあった。「呪縛再現」では何とも重すぎるような気がするので「リラ荘」に改題したのは正解だと思った。

 

 「天城一」については別項を設けて詳しく取り上げることを予定しているので、長編小説「圷家殺人事件」はそちらの方に書きたいと思う。