「これが密室だ!」(その4)ロバート・エイディ+森英俊 談社文庫 1997年5月初版 3000円

  

 先週まで「一六号独房の問題」「見えないアクロバットの謎」「高台の家」「裸の壁」「放送された肉体」「ガラスの部屋(モートン・ウォルソン)」「トムキンソンの鳥の話(E・V・ノックス)」「罠(サミュエル・W・テイラー)」「湖の伝説(ジョゼフ・カミングス)」「悪魔のひじ(ジョゼフ・カミングス)」「ブラスバンドの謎(スチュアート・パルマ)」「消え失せた家(ウィル・スコット)」「見えない凶器(ニコラス・オールド)」「メッキの百合(ヴィンセント・コーニア)」「死は八時半に訪れる(クリストファー・セント・ジョン・スプリッグ)」の15編を紹介してきた。

 今回は残りの3編、「謎の毒殺(マックス・アフォード)」「危険なタリスマン(C・デイリー・キング)」「ささやく影(ジョン・ディクスン・カー)」を紹介する。まさしく「密室」の名品だ。

 

 「謎の毒殺」。ブラックバーンとエリザベス夫妻はリード主任警部と一緒に、保護を依頼された男性の住むマンションに向かった。一年前、金持ちの探検家の妹と結婚したが、その女性は黒魔術にのめり込み神経が弱り屋敷の窓から身を投げて自殺した。その後探検家と一緒に南米に行ったが、そこで彼を怯えさせるような出来事があったようですぐに帰国し、命の危険にさらされていると警察に保護を求めてきたという説明が警部からあった。

三人を出迎えたのは探検家の男性で、部屋には殺されると怯えているキャスという男性がいた。

 熱帯のジャングルを探検している時に、呪術師が邪悪なものを取り除くために祈祷すると、呪術師の吐いた煙の中に死んだ妻が現れたと言い出した。火が消えた後の灰にまるで指で書いたかのように今日の日付があった、と探検家が説明した。休みたいと言って寝室に入ってしばらくすると床にグラスが落ちる音がした。キャスは床に倒れて死んでいた。検死の結果、インディオが使う矢毒の成分が検出され、グラスに残った水からもその成分が検出された。だがこの毒は血液に作用するもので、飲んだとしても毒にはならず、食道や胃から成分が検出できなかったので口から摂取したものではなかった。また、全身を調べても注射したような跡は発見できなかった。このインディオの矢毒がどうやって血液に注入することができたのか、それがこの物語の謎だ。

 

 「危険なタリスマン」。語り手はフェラン、探偵はトレヴィス・タラント、フィリッピン人のプリヒドー博士も登場する。

 この一編はエジプトのファラオの呪いの物語だ。タリスマンの小箱をハウモアという、あまり評判の良くない政治家が持ってきた。タリスマンは神象的な力を持つとされる模様や文字を石などに刻んだもので、長さ30センチ、幅20センチ、高さ10センチほどの小箱でつまみがついている。エジプトのピラミッドから発掘された歴史的名品だが、この蓋を開けた使用人が死亡した。心臓麻痺という診断だった。銀行の貸金庫に入れておいたが金庫番が開けて中を見ようとして心臓麻痺で死んだと言う。タラントは箱の縁に描かれた象形文字を読み、“汝この箱を開けることなかれ、さもなくば、汝生き延びることあたわず”と記されていると説明する。しばらくこの箱を預かることにした。政治家が帰ったあと、フェランとプリピドー博士は、箱の中にはガスとか細菌が入っているのかとタラントに聞くが答えてはくれない。翌日の朝刊に政治家が心臓麻痺で死亡したという記事が掲載された。小箱の中に何が入っていたのか、それは書かないことにする。

 

 「ささやく影」。ジョン・ディクスン・カーのラジオドラマの脚本だ。カーは15年の間に60作以上のラジオ脚本を書いたとロバート・エイディの「解説」にあった。また森は、「カーに関する思い出を語りだしたらきりがないが、いまでもミステリ史上最高の密室長編だと確信している「三つの棺」を読まなければ、おそらくこんなにも密室や不可能犯罪にのめりこむことはなかっただろうし、中学生当時、「ユダの窓」を原書でひと月かけて読破しなければ、原書でミステリを読むようになることもなかったに違いない」と「解説」で森が書いている。この「ささやく影」は1944年11月にBBCで放送されたものだ。

 ディビッドと婚約者のルイーズは警部と会う約束をしていたとある劇場の楽屋を訪ねる。そこで二人を出迎えたのはハーグリーヴズという犯罪捜査統括する副警視総監だった。ディビッドの父は会社の経営者で、亡くなった母はフランス産業界の大物の娘、デイビットは支店を開業することになったロンドンに来ていた。自分の命が危険にさらされているのではないかとルイーズ警部に相談したことをハーグリーヴズに説明する。

 セントポール大聖堂のらせん階段をあがって「ささやきの回廊」に行った。壁に向かってささやくとその声が回廊回って聞こえてくる。そこで“回廊の向こうに会堂守と魔法瓶からお茶を飲んでいる観光客がみえるだろう、二人ともしゃべっていないのが分かるだろう。わたしはお前にまとわりついてお前を殺す”という声がした。そして三日前の夜、苦しくて目が覚めたらランプの灯が消えて部屋にガスが充満していた。窓が閉まっていて部屋のドアにはかんぬきがかかっていた。父親が駆けつけてきた。わしの部屋のガスはついている。隙間風のせいでガスが消えたのだという。そして父親は息子を病院に入院させるという。それで警察に相談に行ったことを説明する。父親が、息子が相続する母親の遺産を自分のものにしようと企んだ計画だとハーグリーヴズ副警視総監が見破る、というラジオドラマだ。

 ラジオドラマがミステリのひとつのジャンルであった時代があったことが改めて分かったような気がした。

 

 「おわりに」は、「密室ものをさらに読んでみようという方には、つぎの長短編がとくにお勧めです」という一頁だった。編者のロバート・エイディと森英俊がそれぞれの「長編ベスト・ファイブ」と「短編ベスト・セブン」を挙げている。いちいち書名をあげるのは煩わしいのでしないが、ディクソン・カーの「三つの棺」、カーター・ディクソン「ユダの窓」の二編が共通していた。さらに、エラリー・クイーン「チャイナ橙の謎」、ジョン・スラディック「見えないグリーン」が必須の名作だと森が書いていた。

 残され時間でそこまでたどり着くことができるだろうかと思ってしまう。