「これが密室だ!」(その3)ロバート・エイディ+森英俊談社文庫 1997年5月初版 3000円  

 

 先週まで「一六号独房の問題」「見えないアクロバットの謎」「高台の家」「裸の壁」「放送された肉体」「ガラスの部屋(モートン・ウォルソン)」「トムキンソンの鳥の話(E・V・ノックス)」「罠(サミュエル・W・テイラー)」「湖の伝説(ジョゼフ・カミングス)」「悪魔のひじ(ジョゼフ・カミングス)」の10編を紹介してきた。

 今週は、「ブラスバンドの謎(スチュアート・パルマ)」「消え失せた家(ウィル・スコット)」「見えない凶器(ニコラス・オールド)」「メッキの百合(ヴィンセント・コーニア)」「死は八時半に訪れる(クリストファー・セント・ジョン・スプリッグ)」の5編を紹介する。まったく奇想天外な「密室」ばかりだ。

 

 「ブラスバンドの謎」。オスカー・パイパー警部が学校教師のヒルディガ―ト・ウィザースに、昨夜のパーティで犯罪学者が、完全犯罪というのは殺人者が決して疑われることのない殺人で、すべてが事故とみなされるため警察も敢えて調査しないものだ。毎年記録されている事故と推定される溺死や窓からの転落のうち四分の三は殺人だ、と語ったことを話している。この会話が前ふりになる。その日、ニューヨークのマンハッタンでは聖パトリック祭の警官たちのパレードが行われていた。警察署からの帰り道、五番街と31丁目の交差する角のビルから人が墜落したという事故に遭遇する。現場に到着していた検視の医師は疑わしいところはなく事故だという。死んだ男は出版者の経営者だった。15階の出版者に行って秘書に社長に会いたいと申し込むと、社長は朝から社長室に居て誰とも面会ができないと言う。鍵のかかった社長室のドアを破って中に入ると窓が大きく開かれて、近寄って下を見ると歩道の上に黒いしみが見えた。社長には借金があり妻と離婚でもめていたので自殺の動機があった。死体の額にできた小さなこぶが気になって学校教師が調べまわる。そしてなぜ殺されたのか、密室状態の社長室の窓からどうやって歩道に転落したのかが明らかにされる。

 

 「消え失せた家」。浮浪者仲間からメガネと呼ばれている男が、納屋で目を覚ますと自分のブーツが盗まれ別のものが置いてあるのに気がついたところから始まる。荒野を歩いて明かりが窓から漏れている小屋に近づくと小屋の中で男二人の争う声がした。面倒に巻き込まれたくないとそこを立ち去る。後方からケリーと呼ばれた男の助けてくれという悲鳴が聞こえた。再び小屋の前に戻ると上がり段のところに囚人服を着た男が横たわっていて死んでいるのを発見した。そこからまた歩いて村に向かい、巡査に、ケリーという脱獄囚が荒野の向こうの田舎家で相手と争って殺されたと伝える。村から約11キロ離れた一軒家に世捨て人のパーシーが住んでいることが分かって、確かめるため一緒に行くことになった。出てきたパーシーは何も知らないという。小屋の登り段には死体がなかった。メガネと巡査が村に戻るその帰り道、パーシーの家から800メートルほど離れた所でケリーの死体を発見する。巡査は死体を見て、この死体は動かされていないという。「おれが半マイル先のあそこの家の扉口で殺されているのを目撃した死体が、いま倒れている場所から動かされていないという。死体が動いたのか家が動いたのか。死体と家は一緒だったのに、いまや半マイルも離れてしまった」という謎だ。

 人間消失とか死体消失はひとつのテーマとしてあるが、家や小屋などの消失というのは今まで何編ものミステリーを読んできたが、ミステリー傑作選 [13]「凶器は狂気」に収録された泡坂妻夫の「砂蛾家の消失」しか思い浮かばない。「砂蛾家の消失」は古今東西で貴重な一編であることが改めて分かった。

 

 「見えない凶器」。語り手の主人公と友人の探偵のローランド・ハーンが、粉雪が舞う田舎道をグランビー卿の館に向かう。館に着くと中から警官が出て来て、何とも不可解な事件が起きたのです、この城のなかで殺人事件が起きてまだ一時間もたっていない、殺人を行える可能性があるのはたった一人、しかし彼にできたはずはないのですと言う。地元の業者が取り付けた舞踏室の暖房装置のトラブルがあり、それで卿は顧問技師を呼び寄せ、取り付けた業者とここで装置のテストをすることになっていた。技師が先に入り後から業者の男が入った。5分後業者が出てきた。室温を測定する間技師が出て来るまで扉を開けないよう事務員に言って、業者は控えの間でずっと待っていたが技師が出てこない。扉を開けて中に入ると技師が床に倒れていた。鈍器で後頭部を一撃されたようだが、しかしそれに該当するような凶器は室内になかった。控えの間から舞踏室に通じるドアはひとつで、

 この控え間は工事のための執務室になっていて職員たちが多数いて仕事をしていた。舞踏室の暖炉は取り除かれ煙突も塞がれ、窓の内側はペンキの塗りたてで、窓を持ち上げる留め金がまだ付いてないので窓を開けることは不可能だった。業者は警察が来るまで職員たちに拘束され、警察の身体検査では何ひとつ凶器となるようなものは出なかった。舞踏室内に残されたのは業者の空のアタッシュケースとラジエターの脇に漏れたような水たまりがあっただけだった。我われがドアを破って中に入ったとき、舞踏室の中はまるでオーブンの中のような熱気だったという職員たちの証言がこの密室を解く鍵になる。凶器は見当のつくものだが、そこまで持っていく組み立ては鮮やかだった。

 

 「メッキの百合」。ロンドンにある大英帝国の秘密情報部が舞台だ。厳重に警備されているこの情報部の責任者サーティーズ卿の手元から軍の機密情報が盗まれたという事件が発生した。卿は機密の書類の入った封筒を財布の中に入れそれを背広の内ポケットに入れボタンまでかけた。それがなくなった。一人の政府高官と面会したが彼は自分の体近くに寄ることはなかったと卿は証言した。南アフリカ産の「メッキの百合」という百合科の植物の茎根から抽出される成分を含んだたばこの煙を吸うと目が見えなくなり、三分間という時間の間隔と記憶もなくしてしまうと、メディチ家直系の家系の末裔であるソニア皇女がこの謎を解明する。

 

 「死は八時半に訪れる」。内務大臣宛てにX・Kと名乗る人物から、二万ポンドを支払うか、さもなければお前は11月13日の午前八時半に死ぬことになるという脅迫状が届いた。 X・Kは過去十回にわたって脅迫を行い、七人は金を支払い、支払いを拒絶した三人は死に見舞われたことが分かっていた。三人の警察幹部が相談し、イングランド銀行の金庫室の中に分厚い防護ガラスで出来た特別の箱を作り、その周りをその警察幹部たちが拳銃を持って見守ることにした。時間になると大臣か苦しみ出し三人が見ている箱の中で死んだ。ガラスの箱の中には致命傷を負わせるものは何一つなかった。毒薬の匂いもなく外傷も見当たらなかった。事前に毒を仕込んだカプセルを飲ませたとしても正確な時間に殺すことは不可能だ。大臣は八時半きっかりに殺されたのだ。この謎解きは書かないことにする。