今日8月15日は「終戦記念日」ですね。各地で追悼式が開催された事でしょう。靖国神社では閣僚の参拝問題でマスコミが大騒ぎをしたのでしょうかね。


山男のブログ-礼拝堂


栃木県でも、各地で慰霊祭が行われています。戦争の是非はともかく、当時の日本人が命がけで守り抜いた独立国日本をないがしろにするわけにはいきませんね。何処かの政権政党のように、日本を近隣大国に売り渡した方が良いというのは言語道断!!


山男のブログ-教会全景


日本と言う国を守り抜くのは私達です。日本の独立を守り抜く義務が有ります。それが出来なければ、日本の繁栄を信じて亡くなった英霊たちに申し訳が立ちません。


山男のブログ-栃木県庁


昨日は、戦争で被害を受けた民間施設の事を書きましたが、今日は軍部の事を書きますね。


その施設が有る場所は、栃木県庁舎の東側の道路を辿って行った突き当たり・・・八幡山公園に今も残っています。


山男のブログ-宇都宮タワー


八幡山公園の一番の高台には宇都宮タワーと言うテレビ等が有ります。途中には展望台も有ります。高さは栃木県庁舎の展望フロアよりもやや低いかな。


山男のブログ-吊り橋


テレビ等の有る処から東に吊り橋が伸びています。つり橋を渡った先にその施設が有るのです。


山男のブログ-ひょうたん池


つり橋の下には「ひょうたん池」が有ります。自分が子供の頃は此処でザリガニ釣りをしましたが・・。この池の向かって右側に入り口が有ります。でも、中には入れませんがね。


山男のブログ-アドベンチャーU


つり橋を渡った先には子供達の遊び場「アドベンチャーU].が有ります。かつて此処は子供達が科学に親しむための施設「児童会館」が有りました。自分も遊んだし、息子達も幼い頃に遊びに連れてきました。今は宇都宮市南部、西川田に「こども科学館」として拡大した施設に成っています。


この地下に「帝国陸軍」の司令部が設置される予定した。


山男のブログ-地下壕 1


これは「ひょうたん池」のほとりに有る地下壕の出入り口(西側)です。以前は年に1~2回内部見学会が開催されていたのですが、現在は危険度が高く成ったとして封鎖されています。


山男のブログ-地下壕 2


2~3日前に関東地区のNHK夕方の首都圏ニュースの中で、18時40分からの支局便りのコーナーで取り上げられました。


此処は、戦争末期に東京や宇都宮が激しい空襲にさらされるようになって、空襲を避けるために、そして来るべき「本土決戦」に備えて司令部を比較的安全な地下に移そうとして、昭和20年(1945年)6月から工事始めました。


山男のブログ-地下壕 3


これは南側の出入り口です。ひょうたん池側は雑草もあまりなくて近づきやすかったのですが、南側は草刈りをしていないのでたどりつくのも一苦労でした。


地下壕の工事には宇都宮、水戸、高崎の舞台から集められた歩兵と水戸から派遣された工兵、そして強制的に駆り出された宇都宮市民、総勢240~50名いほどが昼夜を問わず3交代で掘り続けました。


山男のブログ-地下壕 4


当時は高度な削岩冶具が無かったのでつるはしで掘りながら時々発破を掛けると言う難工事だったそうです。7月の宇都宮大空襲の時も掘り続けられました。それだけ切羽詰まっていたのでしょうね。


地下豪は南北に主線壕が掘られました。全長は365メートルです。この主線壕に東西から9本の支線壕が掘られました。支線壕は最長部で50メートル、最短部で25メートルでした。


主線、支線合わせた総延長距離は約720メートル、壕の内部の高さは2メートルでした。しかし、地下壕の完成を待たずに終戦を迎えてしまいました。


山男のブログ-地下壕 5


こちらは北東側の出入り口です。此処は藪が深くて近づけませんでした。真冬に雑草が枯れた頃なら近づけるかも・・・藪こぎが出来る服装でね。


自分が知っているのはこの3か所の出入り口だけです。他の出入り口はいまだに発見できていません。簡単に見つけられるようでは地下壕の役目を果たしませんからねぇ。


もし、この地下壕が完成して、大本営が本土決戦を実行に移したとしたら日本はどうなっていたのでしょうか。物量に勝るアメリカ軍の猛攻を受け、グアムやサイパンの様に戦闘員、非戦闘員を問わず全員が戦死して日本民族が絶滅していたかも知れませんね。戦争の狂気は恐ろしい物です。


戦死した兵士たちは靖国神社にお祀りされています。父の弟も戦死(19歳との事)して靖国神社へ祀られているそうです。中学生の時に一度だけ父に連れられて靖国神社へ参拝に行きました。参拝した後は資料館を見学してきました。


山男のブログ-護国神社


栃木県では、宇都宮市西部、作新学園高校北側に鎮座する「護国神社」に英霊たちがお祀りされています。昨日も慰霊祭が開催されたはず。


神社に向かって左側(西側)には栃木県出身で戦死した英霊たちの慰霊碑(生還した戦友達が建立しました)が多数あります。その一番奥に有るのが英霊たちの御霊を安置する「忠霊塔」です。


山男のブログ-忠霊塔


屋根にブルーシートがかけられているのは大震災の被害の後です。この中に大勢の英霊がねむっています。



昨年、参拝に来た時には慰霊碑の写真だけ撮って帰ろうと振り向いたときに、背後でボトッ!と物が落ちる音がしました。はっとして振り向き周辺を探したけど、何も落ちていませんでした。いぶかりながら周辺を見渡していて気が付きました。「忠霊塔」まで進みしっかりと御参りしてきました。


今回は写真を取ってからしっかりと参拝しましたよ。真心をこめてね。多分その御利益で、セミの羽化を見せてもらえたんだと思います。感謝ですね。



8月15日、終戦記念日に寄せて・・・。      完


今日はここまでね。また次回の更新でね。(^_-)-☆