今日はやや湿度の高い暖かい日だったね。風が生ぬるく感じられたよ。



山男のブログ-庭の花


今日も獅子頭展の続きだよ。



山男のブログ-中里西組獅子頭 01



先ずは宇都宮北部、上河内地区中里西組に伝わる「天下一関白流御神獅子舞」だよ。


この地の獅子舞は、「天下一流神獅子舞」の流れをくみ、江戸時代後期の宇都宮城下の大火によって焼失した「二荒山神社(宇都宮大明神)」の再建の時に伝わったんだよ。



山男のブログ-中里西組獅子頭 02


中里西組に伝わった獅子舞は、1838年(天保9年)に二荒山神社を再建する時に地鎮の為に獅子舞を舞って「天下一関白流」の額を戴いたんだよ。そして明治28年に伝来の秘密書を書き写す事が許されたんだよ。



山男のブログ-中里西組獅子舞太鼓


この獅子舞は、上河内地区を荒らしていた賊軍と戦った「藤原利仁」公伝説をドラマチックに演じる勇壮な獅子舞なんだよ。

演目には、「鎮神参りの舞」、「開庭の舞」、「蒔寄の舞」、「唐堂の舞、「弓くぐりの舞」、「芝隠しの舞」、「ニーゴの舞」等が有るよ。そしてそれぞれの舞に付け役としての襷、鉢巻き姿で藤原利仁公が賊と戦う様子を現わす「棒と太刀」の舞が有るんだよ。



山男のブログ-西組獅子舞 衣装


この獅子舞は、毎年8月15日に「白山神社」及び西組公民館で、悪魔退散、国家安全、五穀豊穣を祈って奉納されるんだよ。




山男のブログ-上横倉獅子頭 01


次は、上横倉の獅子舞だよ。上横倉は中里西組から南西方向に位置している地区だよ。


この地区の獅子舞も「関白流」の流れをくむ獅子舞だよ。こちらの獅子舞は江戸時代後期に「関白村(現宇都宮市関白町)」の高座山神社から伝授されたものと言われているよ。



山男のブログ-上横倉獅子頭 02


こちらも中里西組と同様に1838年(天保9年)の伝授書が伝えられているよ。


上演は毎年8月15日で、午前中に公民館から「街道流し」の笛の音に乗って鎮守多籐神社に向かうんだよ。鳥居の前では清めの意味で「鳥居舞」を演じるんだよ。

次に神社本殿を3周した後に「棒術」が行われ、続いて「神楽舞」を舞うんだよ。


午後は、公民館で「庭舞」、「芝隠しの舞」、「弓くぐりの舞」、「雌獅子引き」の順番で舞を舞うんだよ。



山男のブログ-上横倉獅子舞 衣装


新盆の家が有る時には、位牌を公民館に置き、その前で「棒術」、「あや取りの舞」等の供養の舞を行うんだよ。


昔は地祭りや橋の渡り初めの時にも獅子舞を舞う事が有ったんだよ。



山男のブログ-飯山獅子頭 01


次は飯山の獅子舞だよ。

飯山は宇都宮北部、飯山町の阿蘇神社で毎年8月15日に行われる獅子舞だよ。この飯山町は他の獅子舞とはかなり離れた地区で行われているんだよ。


でも、「関白流」の流れをくんでいるんだよ。この獅子舞の由来は・・・、901年(延喜元年)に高座山に籠って領民を苦しめている山賊「蔵宗、蔵安兄弟」を関白鎮守将軍「藤原利仁」公が追討した後で、飯山の地で病にかかり永眠したと言う伝承に基づいているんだよ。



山男のブログ-飯山獅子頭 02


藤原利仁の死を悲しんだ飯山の人々は、利仁の守り神の「3尊神獅」の頭を阿蘇神社に奉納し、毎年獅子舞を奉納したんだよ。



山男のブログ-飯山獅子舞太鼓


毎年8月15日は、公民館から隊列を組んで阿蘇神社に向かい、そこで「神楽舞」、「弓くぐりの舞」等を舞うんだよ。



山男のブログ-飯山獅子舞 衣装


昔は8月17日と18日にも風祭、天王祭として村内を獅子が練り歩いたと言われているよ。

その際は、世話人の家や村の道辻等で疫病を防ぐために獅子舞が舞われたんだよ。



今日も資料館の「獅子頭展」の資料に基づいて書いているよ。


今日はここまでね。続きは次回の更新でね(^_-)-☆