昨夜からの雨が続いて、今日は終日雨模様。暖かい南風が吹いていたので季節外れのカエルの声も聞こえたよ。冬眠の準備は出来ているのかな?心配だね。
今日は大谷三観音の番外編と言う事で、近所の御堂を紹介するよ。
先ずは、大谷街道を大谷観音から道なりに進みバスの終点からさらに道なりに進んで東側に坂道を下だりきった処に有る小さなお堂からだよ。
このお堂は「立岩延命地蔵尊堂」と言うんだよ。このお堂の謂れは・・・・、
284年以上前に多数の嬰児が疫病(はやり病)で命を亡くした事で、立岩村約10戸を中心として岩原、多下、瓦作、駒生の各村の有志65名が願主と成って、享保12年9月19日に「延命地蔵尊、十九夜尊、千手観音」をお祀りして「無病息災」を祈念したんだよ。
明治以前の日本では漢方医だけが医療技術を持っていたけど、その力量は今と比べるまでも無く乏しいものだったんだよね。その為裕福で無い庶民は山伏や僧侶に病完治の祈祷をしてもらうか、民間療法として山野草を摘み取り薬とするしか手立てがなかったんだよね。
この延命地蔵尊への信仰で果たして何人の嬰児の命が助かったのかは分からないけど、子供たちの健やかな成長を祈る親たちの気持ちは痛いほどわかるよね。
昨今の幼児虐待、嬰児死体遺棄の報道を聞くたびに胸が締め付けられる思いがするよ。
「衣食足りて礼節を知る」と言う言葉が有るけれど、総てを満たされているのに道徳新も良心も無くしてしまうのは何故なんだろう?不足しているのは何??
次は、大谷千手観音から北へ車で約10分の所に有る観音様だよ。
バスが通っていないので徒歩か車での訪問に成るけど、目印はこの集会所だよ。車は、この田んぼ脇の退避線に止めるか、集会所が利用できればそこの駐車スペースを借りて止めるようだよ。
集会所からさらに進むと左側に案内板が立っているよ。⇒に従って民家と畑の間の狭い道を登って行くんだよ。
ここは、下野33観音札所の第33番霊場に成るんだよ。因みに、坂東33観音霊場の第19番札所の大谷寺(大谷千手観音)は下野33番札所の第32番霊場にも成っているんだよ。
狭い道を進むと小さな鳥居が立っているよ。ここが「岩元観音」の入り口だよ。この観音様が鎮座している処は「宇都宮市岩原町岩本」と言うんだよ。
鳥居の左側の高台には、以前寺院の本堂が建っていたんだけど、最近まで地元の集会場兼御堂に成っていたんだよ。下の農道沿いに集会場が移転してからは「岩元観音」の御前立としての御堂に成っているよ。「御前立」とは御本尊が秘仏に成っていて御姿を拝めなかったり、急峻な崖の上などの様にお参りするのが不便な時に、身代わりとして近くにお祀りする仏像の事を言うんだよ。
こちらがその御前立の観音様だよ。こちらもかなり古そうだけど・・・。
これが鳥居からの参道だよ。この辺はあまり急には見えないけどね(^^ゞ
上に登るに従って俄然急峻に成ってくるよ。油断をしていると足を滑らせそうだよ。この観音様を訪れる人は滅多に居ないから、石段には苔が生えて滑り易いし、参道には無数に蜘蛛の巣が張って有るから登るときは要注意ね。
石段の途中には苔むした十九夜尊とお地蔵様が参拝者を見守っていてくれるよ。
今日はここまでね。続きは次回の更新でね(^_-)-☆












