昨夜は雨がかなり降った様だね。山の方は沢の水量が増えていたよ。車両通行止めの林道は苔が生えているから、足元が滑って歩く難かったよ。
能満寺の御本尊の虚空蔵菩薩は、普段は厨子の中に納められていて見られないんだよ。(秘仏) 御開帳の日も解らないんだよ。
これは、本堂入り口を守っている金剛力士立像だよ。この能満寺は大谷からほど近いし、壇家には大谷石の石材店もいるから、大谷石の加工はお手の物だよね。近くで見るとその迫力に圧倒されるよ。
こちらは本堂の内部だよ。正面が虚空蔵菩薩様が安置されている厨子だよ。お姿を拝みたいね。
「虚空蔵菩薩」とは、虚空(大空)が人々に平等であるが如く、一切衆生に無量の宝を平等に与えてくれる菩薩様なんだよ。
こちらは境内に有る鐘楼だよ。この鐘楼と梵鐘は大谷の大手石材店が寄進したんだよ。
そして梵鐘は、人間国宝の設計製作による物なんだよ。
この梵鐘は、昭和5年4月に人間国宝「香取正彦」氏(故人)が作成した鐘だよ。いかにも現代の作品と言う感じがするよね。梵鐘のセオリーにとらわれない簡素な造りだよ。果たしてどのような音を響かせるのか興味が有るね。
能満寺は郊外に有る寺院らしく、広い境内が印象的だよ。これだけ広ければ除夜の鐘をつきに来る人もゆっくりと待機出来るよね。
広い境内を生かした庭園も美しいよ。春から夏、秋にかけては色とりどりの花で覆われるんだろうね。
枯山水とは違った感じで癒されるよ。
能満寺が真言宗の寺院で、大谷元観音が弘法大師の開山(?)だから、能満寺が所有管理をしているのだろうね。
大谷元観音でも法要が行われる事が有るのかな?街道沿いの狭い場所だから法要を執り行うのも一苦労だね。
ここまでで大谷の三観音の話は一先ず終了だよ。この後は番外編とおまけの話を続けるよ。
大谷元観音堂から、街道をさらに進んでいくと「大谷景観公園」を経て「大谷資料館入り口」の看板が見えるところに出るよ。
ここには消防団の詰め所と公衆トイレが有るよ。姿川を渡って細い道を進んでいくんだけど、現在は地震の影響と余震に対する警戒から、来年の四月まで閉館しているよ。
この資料館の有る処は、地下採掘場に成っていて、地面の下には広大な空洞が有るんだよ。
太平洋戦争中は「中島飛行機製作所」が空襲を避けて、この地下空間で戦闘機(隼)を作っていたんだよ。作業に当たっていたのは、婦人会の女性たちや勤労奉仕の女学生が主体に成っていたんだよ。男たちは殆どが前線に送りだされていたからね。
現在は、大谷石の切り出し工程や切り出し工具の展示をしているよ。又、広い空間と大谷石独特の音響効果を生かして、さまざまなジャンルの音楽家のコンサート会場としても使われる様に成って来たんだよ。
今日はここまでね。続きは次回の更新でね(^_-)-☆











