今日は久しぶりに爽やかな一日だったね。この晴天に誘われて洗車などをしてしまったよ。疲れたけど、汗が滴り落ちる事も無く爽快な気分だったね(^^♪
役人としての仕事を得て江刺県に赴任した正造は、1871年(明治4年)2月に起きた上司「木村新八郎」殺害事件に巻き込まれ、殺人犯として2年9カ月もの間投獄されてしまったんだよ。
これは、正義を貫き不正を見過ごす事が出来ない性格を疎ましく思った役人たちが仕組んだ冤罪事件だったんだよ。
当時は未だ一方的な裁判しか行われなかったからね。(-_-メ)
刑期を終えて釈放された正造は故郷に帰り、赤見村の酒造兼酒屋に番頭として働くことに成ったんだよ。その間に自由民権運動家として生きて行こうと決心したんだよ。
そして明治11年7月に地元の「第四大区三小区」の区会議員に選出されたんだよ。この区会議員の任期中に「村会設立案」を起草して、区会議員に相談をして県知事に提出したんだよ。
明治13年には栃木県議会議員に成り、10年間の在職中に栃木県民の地位向上や、国会開設運動に携わったんだよ。
又、国から派遣された「三島通庸県令(薩摩士族出身)」と激しく対立したんだよ。三島県令は「伊藤博文」の後ろ盾を武器に悪政の限りを尽くした中央役人だったんだよ。この対立は後の「加波山事件」へと繋がって行くんだよ。
国会が開設されると、正造は明治23年に衆議院議員に初当選し、以降連続6回も当選し続けたんだよ。
この衆議院議員時代に、正造は足尾鉱毒事件を取り上げ、鉱毒事件の解決に奔走し続けるんだよ。
明治24年12月18日に「足尾鉱毒の件の質問書」を提出し、明治24年12月25日に国会で鉱毒事件の質問演説をしたのが総ての始まりなんだよ。
正造の足尾鉱毒事件に関する質問や演説は、明治34年に衆議院議員を辞職するまでの11年間に数限りなく続けられたんだよ。
その一方、明治29年までに古川市兵衛(足尾鉱山主)との示談工作がなされ、栃木、群馬両県の鉱毒被害管家43か町村が示談契約を結んだんだよ。
この間、国(明治政府)は鉱害対策は何一つ行わなかったんだよ。
冬至の農商務大臣「陸奥宗光」は足尾銅山の鉱害を認めようとはしなかった、何故なら、宗光の二男は足尾鉱山主「古河市兵衛」の養子に成っていたので、鉱山の不利に成る事は出来なかったから。
明治30年代の農商務大臣「榎本武揚」は政府の責任を否定(放棄)する発言をした。その榎本の家も台風による渡良瀬川、利根川の洪水で水没したんだけど・・・。
1907年(明治40年)、当時の内務大臣「原 敬」は谷中村に遊水地を造る為に「土地収用法」を適用して、谷中村民の住居を旧姓的に破壊し村民を強制退去させた。
この時、「原敬」は足尾鉱山も福社長から顧問役に就任していたので、鉱山側に有利な政策をとることしかしなかった。
と言うように政府と民間企業が癒着して、自分たちだけが利益を得られるような政策をとり続けたんだよ。さらに警察や裁判所の司法側も政府や企業に寄り添ったので国民はさらに悲惨な状況に置かれたんだよ。
この政官民の癒着構造はこの後現代にまで続いているんだよね。最近も各地の電力独占企業と行政の癒着が騒がれているよね。
正造が国会で鉱毒事件を追及している間、明治29年には7,8,9月と続けて洪水が起き、特に9月8日に大洪水は未曽有の被害が出たので、渡良瀬川沿岸の住民による「足尾銅山鉱業停止請願」の住民運動が激しく成ったんだよ。
そして、各町村の組織を一体化して東京へ請願に押しかけ(押し出し)を何度も続けて行くように成ったんだよ。
明治33年2月13日には、渡良瀬両岸(栃木、群馬両県)の被害住民が第4回目の大挙請願に行く途中、群馬県の川俣で待ち構えていた警官隊と衝突し、警察官が武力を行使した為に流血の大惨事に成ったんだよ。
この時司法側は「兇徒聚衆罪」(騒乱罪みたいな物かな)を適用し68名もの逮捕者を出したんだよ。
この事件を国会で審議中に正造はあくびをし「官吏侮辱罪」で投獄されたんだよ。(あくび事件)(・。・;
この様な流血の惨事に成っても国は足尾銅山側についていたので、業を煮やした正造は衆議院議員を辞職したんだよ。明治34年10月23日の事だよ。
その後、明治34年12月10日、第16議会開院式から皇居に戻る途中の明治天皇に対して直訴を決行したんだよ。しかし、取り押さえようとした警官に遮られて直訴は出来なかったんだよ。
正造は逮捕され裁判にかけられたんだけど、この直訴事件が全国紙で大々的に取り上げられて、足尾鉱毒事件が関東地区だけの騒ぎでは収まらなく成って行ったんだよ。
新聞等の報道で国民全員が知る処と成り、鉱毒事件の真相が次々と明らかに成って行ったんだよ。
そして、その世論に押されて政府は「第2次鉱毒調査委員会」を設置したんだよ。
又、正造は死罪を免れて、「狂人」と認定されて釈放されたんだよ。
今日はここまでね。続きは次回の更新でね(^_-)-☆










