今日の甲子園の第1試合、栃木の作新学園は、青森の光星学院に0-5で負けてしまった。残念だね。でもベスト4まで勝ち進んだのだから良いかな。
明日は、西東京の日大3高と青森の光星学院で決勝だよ。どちらが優勝するのだろうか?楽しみだね。
今日の昼過ぎにも大きな地震が有ったけど、又何処かで大震災が起きる前触れかな?気を付けないとね。
今日は、今市の瀧尾神社の境内に鎮座するいくつかの末社を紹介するよ。二つの神社が合同で祀られている神社が有るので取り合えず写真だけね(^^ゞ
上の写真は、一の鳥居を潜った境内右側に有る「市神神社」だよ。古い写真では拝殿がむき出しに成っていたけど、現在は屋根囲いが付けられているよ。本体を護るためには良い事だね。
瀧尾神社拝殿右側には、これも屋根囲いが付いた「皇太神宮」が鎮座しているよ。拝殿の屋根は藁ぶきだよ。何か謂れが有りそうだけど、何も資料が入手できなかったよ。残念。
「皇太神宮」の右。日光街道沿いには、「二荒山神社(日光市)」と「富士山」の神碑が建っているよ。スギ林に囲まれて何となく幽玄な雰囲気が漂っているね。
瀧尾神社拝殿の左側には合祀された神社が有るよ。先ずは奥宮入り口横の「正八幡宮」と「宇佐八幡宮」から。どちらも八幡宮だから喧嘩には成らないかな。
左側に順に辿ると・・・・・、
「八坂神社」と「琴平神社」・・・これはどう言う組み合わせなんだろう。難しいなぁ。
次が、「雷電神社」と「菅原神社」・・・・・。これはどちらも雷除けかな。菅原道真が大宰府に流されて無念の死を遂げた後に、京都では雷が大暴れして京都市中で火事を多発させたと言う・・・道真公の怒りを鎮める為に菅原神社(天満宮)を建立して道真公の御霊をお祀りしたと言うからね。
次が「稲荷神社」だよ。稲荷社は何処にでも脇神社として祀られているから理由は無いのかな?
奥の石の祠には何も名前が見当たらなかったよ。
一番左端には「忠霊碑」が建っているよ。これは明治維新以降の戦争で戦死した人の霊をお祀りしているのかな。何とも消化不良の紹介だね(>_<)
さて、日光街道に出て、宇都宮方面に50メートルほど下ると十字路が有って、右折すると「日光宇都宮道路」の今市ICに出るよ。
左折すると間もなく大谷川を渡って会津西街道に繋がるよ。直進して今市宿を出る辺りがY字路に成っているよ。
ここが今市宿の入り口かな?左側が宇都宮を経由して江戸に続く「日光街道」だよ。左側は鹿沼経由で江戸方面に行く「例幣使街道」だよ。
この3本の街道の杉並木は総延長35.41キロメートルの成り、ギネスブックに世界最長の杉並木街道として認定、登録されているんだよ。現在は杉並木街道の殆どが舗装され毎日数多くの自動車の排気ガスと走行震動に見舞われて、毎年100本前後の杉が枯死しているんだよ。
今現存しているのは12500本前後とか・・・。バイパスを作って杉並木の交通量を激減させなければ100年後くらいには絶滅してしまうと言われているよ。
こちらは例幣使街道の入り口。例幣使街道は、京都の朝廷から、天皇の代理人が日光東照宮に参拝する時に使用した道路だよ。武士や庶民が通る道とは区別されていたんだよ。しかもこの例幣使御一行は道中でかなりあくどい銭儲けをしていた様だよ。
このY字路には大きなお堂が有って、大きな地蔵様が座っていられるんだよ。ただ、駐車場が近くにないので気軽に参拝とは行かないのが「玉に傷」!
三角形の頂点が参道入り口に成っていて、入り口の左には小さなお地蔵様が鎮座しているよ。
安産地蔵尊と子育て地蔵尊だよ。後ろには「庚申塔」が建っているよ。
ここの大きなお地蔵さまの通称は「追分地蔵」と言うんだけど、命名の理由は判るよね。
詳しい話は次回の更新でね(^_-)-☆











