今日は終日雨、鬱陶しいねぇ((+_+))
明日30日土曜日は、栃木県各地で催しが有るよ。山男のお勧めは・・・。
1)旧日光市 2社1寺「震災復興応援夏祭り」
東照宮参道での流鏑馬! 日光山輪王寺での秘舞「延年の舞」!輪王寺三仏
堂解体修理中の現場見学会! 門前町でのマルシェ(市場)!仙台藩より伊達正宗軍団参上! 等々楽しくて面白い催しが予定されているよ。
2)新4号国道上り線側「道の駅 しもつけ」 干瓢祭り
干瓢の実の展示、及び重さあてクイズ。干瓢剥き実演及び体験会。スタンプラ
ーも有るよ。
、干瓢祭りは、ここの他に、北関東道壬生パーキングエリア付近で8月の上旬
に開催されるよ。
又、上三川町(N自動車工場の有る処)では8月下旬に開催されるよ。
せひ御参加を(^^ゞ 干瓢剥きや干瓢干しはなかなか目にする事が出来ないからね。
でも、雨の中では中止も有りうるから注意してね。
さて、東海寺を出て駐車場に戻り、船生海道を少し日光街道方面に戻ると、こんな石柱が有ったよ。
名前からすると、茨城県の加波山神社と関わりが有りそうなんだけど、ネットでも資料が見つけられなかったよ。おかしいなぁ。
この神社、殆ど手入れがされていなくて、石段も境内も雑草が生い茂っていたよ。石段の上の石鳥居は地震の影響で通行止め!仕方なく参道両側のスギ林を迂回する羽目に・・・。(-_-メ)
本殿はこの御神輿が有るだけ・・・。何とも摩訶不思議な(@_@;) 乞う情報!!
再び駐車場に戻って、今度は反対側の鬼怒川、塩野室方面に走るよ。途中T字路で佐貫、塩谷町方面に曲がって走るとほどなくして鬼怒川に架かる橋(観音)を渡って直ぐに左折すると佐貫の観音様の下に出られるよ。駐車場は観音様を通り過ぎて右に回り込んだ所に小さな駐車場所が有るからそこに止めてね。
30年近く前に訪れた時には未だ全体像が見えたんだけど、現在は御顔だけが判るかな、ちょっと探してみて(#^.^#) この観音様は鬼怒川のほとりにある巨岩(石英粗面岩)の表面に「線刻」で彫られた「大日如来坐像」なので、長い年月の雨風に風化してしまったんだよ。
この位近づいても解らないかな? 実際に肉眼で見れば直ぐに判るんだけどね。
この観音様(本来は石仏様)は唐から弘法大師が807年(大同2年)にこの場所を訪れて、自らの念持仏をこの大岩に奉安し、讃岐国多度郡の領主であった「藤原富正」の子「富治」の願いを受けて一夜にして壁面に大日如来の坐像を刻んだものと言われているよ。でも正確には造られた年度は解っていないんだよ。
学会では、奈良時代説、平安時代説、鎌倉時代説が出ているけど、未だ限定はされていないんだよ。
ここまで近づけば解るだろうね。解らなければ次回の更新で教えるよ。(^O^)/
この石仏、現在は篠井町の東海寺の所有物に成っているけど、元々は「真言宗 智山派 岩戸山 慈眼寺」の慈眼寺観音院が所有管理していたんだよ。
けれど、明治維新後の「廃仏毀釈」令によって慈眼寺は廃寺に成りこの石仏も衰退して行ったんだよ。
この石仏の価値が見直されたのは大正時代に成ってから・・・。
漸く1926年(大正15年)2月24日に国の史跡に指定されたんだよ。でも、野ざらしの石仏では、保管の方法も手段も無かったから、どんどん風化が進み、こんな状態に。後何十年後には全く見えなくなってしまいそうだよ。
観音様(石仏)の向かって右肩の上部には洞窟があり、その中には宝物蔵(「奥の院大悲窟)が有るんだよ。
この宝物蔵は、この付近の5軒の家が代々世襲で守って来たんだよ。そして62年に一度御開帳が有って一般公開されるんだよ。
では、続きは次回の更新でね(^_-)-☆












