今日は晴れて気温も高かったけど湿度が低いから過ごしやすかったね。でも、明日から週末まで雨の予報(*_*) 嫌だなぁ((+_+)) 五月晴れの日が少ないように思えるよ。
今日は宇都宮城の西の守り神の天満宮について話すよ。
台新田の菅原神社から宇都宮へ向かって進み、不動尊の処の三差路で左側の道と選ぶとそれは旧日光街道だよ。現在は不動前通りに成っているよ。
東武宇都宮線のガード下を潜り、右手にドラッグストアーの有るT字路を左に曲がると、左側に欅の巨木が見えるよ。
近くにも似たような大きな気が有るから間違えやすいけど、近寄ってみれば直ぐに判別できるよ。
不動前通りを左に曲がってすぐの路地を入った処に立っているよ。高さは34メートル(・。・; 推定樹齢は800年!!
戊辰戦争も関東大震災も宇都宮大空襲も生き延びてきたんだよ、。凄いねぇ。
足元はこんなに立派だよ。これなら簡単には倒れないよね。
南側から見るとこんな形。遠くからでもよく目立つよね。雀宮宿から来た旅人はこれを見るともう直ぐ宿場に着けると一安心したんだろうね(^。^) 早く宿に入って一杯やろうかと考えるんだろうね(^^ゞ
不動前通りに戻って北上を続け、平成通りを横切って蓬莱大黒通りに入ると天神様は間もなく・・・。
道路右側にひっそりと鳥居が建っているよ。場所は西3丁目。ここもT字路だよ。神社前の道を西に進むと、左に「一向寺」右に「報恩寺」と言う古刹が有るよ。どちらにも戊辰戦争の戦死者の墓地が有るよ。このお寺の付近が、戊辰戦争の激戦地だったからね。
天満宮の境内に入ると、直ぐに拝殿が有るよ。でも、前の2社に比べるとやや粗末な感じがするけど気のせいかな?この拝殿は扉が硝子戸だから内部が良く見えるよ。でも、ただの拝殿だよ。何も無いよ(・。・;
拝殿の左奥には、一つの石台に載った脇神社が5基鎮座しているよ。神社の構成は台新田の菅原神社と同じだよ。かなり粗末だけどね。
拝殿の裏側には、本殿の屋根が少しだけ覗けるよ。さすがに本殿はしっかりとした造りだね。ここは、日光街道を通る旅人の監視所も兼任していたかな?
そして鳥居に裏側で珍しい物を発見!!二宮金次郎の石像だよ。昔小学校の校舎前に立っていたのは、もう少し顔がふっくらした少年の姿だったけど、この金次郎さんはやや大人びた顔をしているね。口紅まで引いているし・・・(@_@;) 金次郎さんが大人になると、二宮尊徳と改名して農地改良や農村の生活改善で目覚ましい働きをするんだよ。現在の真岡市(旧二宮町)には、尊徳先生が暮らした「桜町陣屋」を復元した建物が有るよ。尊徳先生の質素な暮らしぶりがうかがえるよ。陣屋の隣には、「二宮神社」と「尊徳資料館」、南側に少し離れて、尊徳先生の娘さんのお墓有るお寺が有るよ。
蓬莱通りをさらに北上して、今の大通り(江戸時代の日光街道と奥州街道の追分)の伝馬町、小幡町辺りに来ると、宇都宮宿の本陣跡の大銀杏が見えるよ。
周囲はビルや現代の建物が建っているから全体は見えないけど、木の高さは30メートルだから、上部だけは見えるよ。
この辺りは、宇都宮宿の宿場町で旅籠屋が15軒も有ったんだよ。当然、飲み屋さんも飯屋も有ったんだよ。
この銀杏の上部を目当てにして路地を進んでいくと、全体が見えるところが有るよ。ただ、可哀そうなことに、周囲を家に囲まれているんだよ。これ以上大きくは成れないみたいだよ。
大通りの小幡郵便局の少し東で、日光街道と奥州街道が分かれるんだよ。
で、ひとつ疑問が・・・。宇都宮城は、江戸の徳川将軍家が東照宮に参拝するときの宿泊所なんだけど、城内に入るのはどこからなのかな?将軍だから「大手門」を通行するのは当然だと思うけど、伝馬町の宿場町を通って奥州街道に入って、北側から入城する?それとも、不動前から城郭に入り武家屋敷街を通って「大手門」に入るのかな?武家屋敷街の方が安全な気がするけどね。気に成るねぇ(^^♪
北側の菅原神社は次回ね(^。^)












