【M.シェリー『フランケンシュタイン』(1818)】
【F.メンデルスゾーン『交響曲第5番 宗教改革 作品番号107』(1830)】
【H.クラーク(1889-1931)】【A.ビアズリー(1872-1898)】によるポー作品の挿絵群
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ハッピー・ハロウィン。
日本のハロウィンの拡がりが止まらない。
そもそもハロウィンは日本でいうお盆のようなもので、別にお化けの仮装をするのがメインではないし、ましてやアニメ漫画のコスプレをして渋谷のスクランブル交差点でワーキャー言うものでは断じてないのだが、今更そんなこと言うのも野暮だし、「ねえ知ってる? ハロウィンってさ、キリスト教の祭礼じゃないし、第一大半のキリスト教宗派は否定的な見解を示しているんだ」なんて一席ぶったあかつきには、「なんてメンドクサイKYなんだろう」と白い目で見られること請け合いなので、突っ込まない。
だから今日はおとなしく、怪奇の大御所の話でもしてお茶を濁しておこう。
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エドガー・アラン・ポーの名前は、江戸川乱歩の元であれ更にその派生形「江戸川コナン君」であれ、多くの人が何らかの形で耳にしたことのある名前だ。「なんかコワい話を多く書いた人」……まあぶっちゃけその通りだし、そんな程度の認識で構わない。
ポーはアメリカ人で、1809年に生まれて1849年に没した。そう、意外と昔の人間なのだ。
これについてはまた今度詳しく説明するが、旧き良きアメリカを物語る上で欠かせないのが「銃」に加え、「宗教」だ。今でもアメリカには、旧大陸(ヨーロッパ)以上の敬虔な信徒たちがいる。アーミッシュのように厳格な教義を護っているものもいるし、ピューリタニズムと魔女狩りも意外とアメリカが本場だ。
特にポーが生を受けたニューイングランド地方はその傾向が強く、ゆえにポーは長いこと正当な評価の機会を与えられずにいた。ポー研究が進んだのはフランスで、特に象徴派に大きな影響を及ぼした。その代表格が詩人ボードレールで、そこを介してマラルメ、モーパッサン、リラダン経由で二十世紀音楽・美術等に発展してゆくわけであり、『怪奇』といえばゴシックホラー一辺倒(例『フランケンシュタイン』)だった当時としては「悍ましさそのものを悍ましく描くということが如何に悍ましいものであるか」という姿勢が二歩も三歩も先を行きすぎた物だったのが分かる。つまり『フランケンシュタイン』のシェリー等が舞台演劇っぽく直接的な恐怖を描いたのに対し、ポーは何とも言えない不気味な雰囲気の上に、あぐらを掻いてほくそ笑んでいる感があるのだ。
そんな直接的ではなかったポーの挿絵画家として、『アリス』のテニエル以上に不動の地位を築いた者がいる。ハリー・クラークだ。
クラークはアイルランド出身の挿絵画家で、その専門はステンドグラスだった。
ステンドグラスとは要は塗り絵のようなもので、ガラスカット用の型紙に線をよどみなく、クッキリと入れる。線の部分は繊細だが接ぎ目としても機能するため、一般にペン画よりは太く取られる。つまりクラークは、ステンドグラスの下絵を作り、色味を抜くことにより、ポーの持つゴシックでスピリチュアルで、白と黒のツートーンのどこか非人間的な世界観を表現した。これらは大衆小説として大量生産されるべき当時の印刷技術と、見事にマッチングもしていた。
もう一人紹介ておくべきはオーブリー・ビアズリーで、ビアズリーはヴィクトリア朝末期の画家だったが、当時としては最新のラインブロックという技法を用いた。
その専門的な説明は、ネット上に数多転がるどこかの専門用語辞典からの引用にお任せするとしよう。
「ラインブロックとは、凸版エッチングに、写真術を用いたもので、 亜鉛版に感光ゼラチンを塗り、白の部分と黒に部分がはっきりと分かれたネガを通して光を当てる。 それから、光に曝されなかったために固くならなっかたゼラチンを洗い流す。 残った粘着力のあるゼラチンにアスファルトの粉末を振りかけると、 粉末は画像の線に付着する。 その線は熱せられると酸の腐食作用に対して抵抗力を持つ。 そうの上で亜鉛版にエッチングをすると画像が浮き出る」
要は印刷で、それが一見ペン画のようだが、ペン画では到底表現しきれぬ圧倒的な白と黒のコントラストと悪魔的な鋭さを持ち、彼もまた作品数こそ多くないものの、ポーの挿絵としてクラークに次ぐ人気を保っている。
さて、もはや「彩度の無い作品」全般を示す「モノクローム」という単語だが、そのモノクロームの生み出す様々表現方法の違いと、美術作品以外における応用についても、いずれお話したいと思う。今日はその前置きだ。
……え? 単純にホラーの話じゃないのかって?
言ったじゃん、今日はハロウィンだって。仮装の日だよ?
これを「テーマの仮装」と言う。
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※実は10月31日の夜というのはカトリックにとっては翌日の「諸聖人の日」に繋がるものなのだが、そもそもプロテスタントには聖人崇拝の概念自体が存在しない。そんなプロテスタントにとってより大きな意味を持つのが「宗教改革記念日」で、マルティン・ルターが1517年にヴィッテンベルク城教会の扉に『95ヶ条の論題』を張り出した日だ。というわけで今日の音楽は、同題材を表題に転じたメンデルスゾーン交響曲第5番。
※4つ目の絵はポーではなく、ビアズリーによるオスカー・ワイルド『サロメ』の挿絵。ビアズリーの代表作と言えばこれなので、やはり外せない。
※ポーは40歳、メンデルスゾーンは38歳、クラークもステンドグラス職人の宿命とも呼べる有毒物質からの結核42歳で、ビアズリーに至っては25歳で夭折した。不健康なテーマだね。
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※この記事は、『岩橋のり輔』のfacebookページ上に投稿された記事(2016年10月31日)の、再掲です。