私たちの“やまとの文化”は、“間(ま)”によって、醸し出されています。
“今号の幹ことば”:“間(ま)”
神無月(10月)もあと10ヵ日あまり、七十二候では、“蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)”で、暦の上では、蟋蟀(きりぎりす)が、戸に留まって啼きはじめる頃のはずですが、暁には、大分に涼しくなってきましたが、お昼間は、まだ“夏日”が続いていて、気温差が大きく、少し、体調を崩したりしてしまって、ちょっと、長いお休みを頂いていました。
ごめんなさい。
皆さんも、お身体には、お気を付けください。
先々週に大阪地下鉄に乗った時に、車両の中吊りや壁面広告がすべて“POLA”の広告でした。
私は、電車に乗った時の愉しみの一つには、中吊り広告を眺め、読むことが愉しみので、本当は、中吊り広告が、同じものになっていると、愉しみを取られたみたいで、その広告主に嫌悪感を偉大でおりましたが、今回の“POLA”さんの広告は、デザインの基本は変わらいのですが、少しづつ変化を持たせ、そこに書かれている言葉も、少しづつ変えられて、例えば“嫌なことが多過ぎるから笑おう”、“笑う私に福が来る”、“最後の最後に笑えばよい”(言葉は“POLA”の広告の言葉とは、少し違っているかも知れません。私の記憶が不確かなので、ごめんなさい)などと、愉しく、眺め読ましてもらって、笑みが出てくる、癒され、こころの中に、暖かい“間(ま)”が感じられる車内になっていました。
私たち、“やまとの民”は、“はなし言葉”だけでなく、ものごとを考えたり、ものを創り出したりするにも、何事にも、この“間(ま)”から生み出されてきた“文化”ではないのでしょうか。
この“間(ま)”が、無用な争いを避け、穏やかな“和”の文化を築きあげたのではないでしょうか。
少しお話しが横道に入りますが、“POLA”さんの広告車両とは別の大阪市営地下鉄に載っていた時のことです。
“スマートフォン”が普及し、また、スマートフォンのゲームが流行ってきてから、“スマートフォン”の使い方が、決して“スマート”でなくなってきています。
多くの方が、スマートフォンのゲームに夢中になっておられ、座席をもう少し詰めてあげれば、あとお一人の方が座れる時でも、ゲームに熱中され、お年寄りが、目の前に立たれているのにも気づかず、ゲーム一筋です。
私が少し詰めて席を開けようとして、横に座っている人に触れた時、横の人(恐らくは、人生を40~50年やって来たと思われる方です)から、“なんやねん!”と睨まれてしまいました。
自分のことしか頭になく、他人さんのことなどを気付く“間(ま)”が持てないのだと思います。
この“他の人”を考えてこそ“スマート”なのではないでしょうか。
同じことは、政治家・行政者の人々にも言えるのではないでしょうか。
“拙速”で、自分の成果を示そうと、広報・宣伝(プロパガンダ)に走っておられる世にしか見えない、東京都知事の小池 百合子さん。
東京オリンピックの会場問題であれ、豊洲市場の問題であれ、問題の相対する人々の意見を傾聴する“間(ま)”を持てば、もっと穏やかに、早く、素晴らしい成果がやって来るのに、自分の成果を趣に置いていられるよにしか、私の鏡には映りません。
沖縄の翁長 雄志さん、大阪府警の機動隊員の暴言は許せませんが、少し“間(ま)”を置いてみて下さい。
殆どが沖縄県民以外の人々の無法な反対運動に名を借りた、ある面、集団テロリズムに近い行動を許してきた、沖縄県行政の無責任さを棚上げして、大阪府警機動員だけを非難するのは、行政の長の立場を忘れられているとしか思えません。
皆さんはどの様にお考えですか。
今号も最後までお付き合いを頂き、ありがとうございました。
今日もお昼間は“夏日”です。体調には、気を付けましょう。
伊藤 治彦