君主たちは領土を防御し、反乱から自分を守るために城を築いてきた。
しかし、君主が持てる最高の“要塞”は民衆の支持である。もしあなたが堅固な城を持っていたとしても、国内の民衆に嫌われていたら、城もあなたを守ることができない。
歴史上、役に立った要塞も、立たなかった要塞もあるが、これを過信して民の怒りを恐れない君主は、無知のそしりを免れないだろう。

解説
全長9000キロにも及ぼうかという、中国世界遺産・万里の長城は、一般に秦の始皇帝が建設したとされている。が、そのほとんどは、明代に建設されたものだ。驚くほど長い時間をかけて、北方異民族に対抗して建設されたわけだが、それが意図通りの役割を果たしたのかは疑わしい。なぜなら、明が滅亡した原因は、長城が異民族に破られたことではなく、民来の不満にあったからである。
明の滅亡の原因として、よくヌルハチの侵略、文禄・慶長の役などが挙げられるが、最も根本的な原因は、民衆の支持を受けなかったことである。政治は腐敗し、役人は民衆から搾取しながら自分の欲望を満たした。
まるでフランス革命前夜のように、農民は蜂起し、君主の権力はどんどん弱体化していったのだ。国家の滅亡、会社の倒産を見ても、その崩壊は内部から始まると言って良い。外敵は副次的な要素に過ぎないのだ。良いリーダーは部下の支持をこそ、組織を守る要塞とするのである。
君主が反逆の陰謀から身を守る一番の方法は、大衆の支持を受けることである。
なぜなら反逆者は、自分の反乱が大衆にうけると思う時に背くが、それがむしろ怒りを買うと知れば、たくらみを躊躇せざるを得ないからだ。意に反して反乱を成功させたとしても、反逆者は自分に敵対的な大衆と対峙することになる。
従って賢明な君主は、大来の支持を受けるためにいつも努力する。
そして、そのためには何度も繰り返すように憎悪と軽蔑を避けるべきなのである。

解説
2010年、チリのサンホセ鉄山で落盤事故が発生し、鉱夫たち33人が69日間にわたり地下に閉じ込められた(「コピアポ鉱山落盤事故」。彼らは奇跡的に一人も知けることなく救助されて全世界を感動させたが、地下で起こっていたことは、美しい救出劇とは違って壮絶極まるものであった。
食料不足からくる飢え、狭い生活空間による葛藤、3つの派閥に別れて内紛が起こるなど、鉱夫たちはいつ四分五裂してもおかしくなかった。そんな彼らを統率したのが現場監督、ルイス・ウルスアであった。ピータ➖・ドラッカーの愛読者でもあるという彼は、厳しい規律を作って皆に守らせ、役割を分担し、救出の日まで32人を巧みにまとめた。
鉱夫の中には統制しにくい不良も交じっていたが、リーダーに逆らうことはなかった。一体ウルスアは、彼らをどのようにして服従させたのだろうか。その秘訣は、ルイスがいつも率先して自分を犠牲にし、利己的な行動をとらなかったことにある。彼は、救助の手が差し伸べられた時も、自分以外の32人が救出されるまで待っていた。
こうして絶対多数の鉱夫の心を掴んでいたから、一部の跳ねっ返りも彼に逆らうことができなかったのだ。このように、君主は秩序を守るために大衆からの支持に心を砕くのである。

フランスのルイ11世は、自国の歩兵を廃止して騎兵のみにし、歩兵はスイスからの傭兵でまかなったが、結果スイス軍の名声は高まった反面、フランス軍騎兵は、スイス軍なしでは何もできない脆弱な組織になってしまった。結局、それはフランスを没落させた原因となった。
思慮の浅い人間は、最初に美味を感じると、その奥に潜む毒に気付かない。賢明な君主は、災難が起きる前にその兆候を察知するものである。

解説
企業が失敗しないために、注意しなければならないことは色々あるが、最も大切な点を一つだけ挙げるとすれば、それは他人からの援助、つまり負債とか投資に依存しないことである。
アニメーション化までされた某人気オンラインゲームRは、もともと韓国の有名ゲームクリエイターK氏が、少数の人々を集めて作ったのである。
だが、日本で大成功して多大な利益を上げたのにもかかわらず、K氏は一銭ももらうことができなかった。
なぜだろうか。
彼は制作チームが小さかった時、ある企業家から4000万円ほどの投資を受けたという。だが、その投資家はタチの悪い乗っ取り屋であり、少額で大株主になるとK氏を騙して彼の株まで奪い、会社から追い出してしまった。この会社は後に高額で買収され、K氏は軽率に投資を受けたことをとても後悔したが、手遅れであった。
このように、投資など他人の援助に依存する人は、常に破滅の危険と隣り合わせなのだ。最初の援助は実に美味かもしれないが、その奥には猛毒が潜んでいるのである。

君主は傭兵や接軍を使わず、自国民で構成された軍隊をこそ、養成しなければならない。
どんな国も、自国の軍がなければ絶対に安全ではない。賢明な君主は、外国の軍を用い
て勝利するくらいなら、むしろ自国の軍で敗北する方を選ぶ。
なぜなら彼らは援軍を使って収めた勝利は、本当の勝利だと思わないからだ。
古の賢人コルネリウス・タキトウスは「自分の力に依らない権力や名誉ほど、脆く、不 安なものはない」と言った。この言葉をいつも肝に銘じるべきだ。

解説
安室奈美恵と華原朋美は、二人とも90年代に音楽プロデューサー・小室哲哉のおかげで大成功したシンガーである。が、華原朋美は小室哲哉と決別した後、音楽シーンから姿を消していった反面、安室奈美恵は第50回日本レコード大賞で最優秀アルバム賞を獲得するなど、第二の全盛期を迎えた。
二人の明暗を分けたものは何だろうか?安室奈美恵は“小室グループ”から離れた後、R&B、HIPHOPの方面にスタイルを求めるなど、新路線を獲得するために、不断の努力をした。反面、華原明美は小室哲哉と決別した後、精神的に不安定になりスケジュールを守らないなど、奇行が問題となって所属事務所に契約を解除され、歌手生命を絶たれてしまった。
つまり、二人は出発点こそ同じであったが、小室哲哉全盛期の終焉の後に、自らの努力で独自の路線を追求した側は成功し、それに失敗した側は没落してしまったのである。自分の力に依らない権力や名ほど、脆くて不安なものはないから、日々"独自のカ”を磨かなければならないのである。

援軍は、あなたが弱地に追い込まれている時、同盟国が派遣してくれる軍である。
しかし、援軍は傭兵よりも無益な上に、とても危険な存在である。
援軍はそれ自体を見れば有能な軍だが、彼らに依存する者はいつも悲惨な最期を迎える。
なぜなら、彼らが敗れればあなたも滅亡するが、彼らが勝利したとしても、その後の運命は彼らの掌中にあるからだ。
戦が終わっても立ち去らず、矛先をこちらに向けてくることだってあるではないか。
彼らは確かに優秀で、団結した組織である。
しかし、彼らが忠誠を誓っているのは、あなたではない、別の誰かなのである。

解説
ィギリスの主たる民族を指す「アングロ・サクソン」という言葉は、読者諸氏も聞いたことがあるはずだ。
では、そもそもアングロ・サクソン人とは何者なのだろうか。もともと英国南部には、ケルト族という民族が、ローマ帝国の支配の下、平和に暮らしていた。だが帝国が没落してローマ軍がイギリスから撤収すると、それに乗じて北部(スコットランド)に住んでいたスコット人たちが、南部への侵略を開始した。
自分たちを保護する軍がいなくなったケルト人たちは、海の向こう側に住んでいた戦闘民族サクソン人に援軍を要請した。サクソン人は乱暴にして野蛮な民族だったが、ケルト人たちには選択の余地がなかった。援軍としてイギリスにやってきたサクソン人たちは、「あれ?ここは俺たちが住んでいるところより良いじゃないか」と考え、ケルト人を駆逐し、そこに住むようになった。その後、サクソン人の隣に住んでいた野蛮人・アングル人たちもイギリスに移住してきた。このように援軍に依存したケルト人に取って代わってイギリスに居座ったのが、アングロ・サクソン人というわけだ。
この事例からも分かるように「援軍」には決して依存してはならないのだ。
ここでは傭兵の欠点について、より詳しく述べよう。
傭兵のリーダーは有能な人物である場合もあれば、無能なこともある。
無能である場合、あなたは当然破滅するだろう。
有能であれば良いかというと、そうとも限らない。優れたリーダーは野望を持ち、あなたの命令に反して戦を起こし、自身の勢力を拡げようとするからだ。
このように、備兵を使えば滅亡は避けられない道である。
従って、君主は自分の軍隊を持ち、直接彼らを統率しなければならない。

解說
現代社会のビジネスにおいて”備兵”にあたるのは、何よりも下請け、もしくはアウトソーシングだろう。
アップルのような会社は、アウトソーシングを通じて自社工場を持たずとも、iPhoneやパソコンなどを生産しているし、製品の価格を安く抑えている。だが、自分たちの商品の核心であるソフトウェアやデザインだけは絶対に外部発注しない。このように、アウトソーシングを会社の利益とするためには、単純な仕事だけを任せ、核心的な仕事は直接手がけることだ。こうしなければ、アウトソーシングによって会社が破滅する場合もある。
筆者の知るデジタル防犯設備会社A社は、有能なプログラマーM君をアルバイトとして雇った。
彼はA社で働く中で、同社で使われている核心技術であるソースコードを全て手に入れた。
そして、彼はそれをA社のライバル会社・B社に入社する見返りとして提供してしまった。技術で遅れを取っていたB社は、ソースコードを利用して技術の差を埋めてシェアを奪い、A社は莫大な損失を被った。
情報化社金である今日、このようなことがいつ起こってもおかしくない。そもそも傭兵は会社を渡り歩く存在だから、同業他社とも関係しているに決まっている。このように、現代でも”傭兵”は存在自体にリスクを孕んでいるから、会社の核心部分は必ず内部のスタッフに任せるべきなのだ。
どんな国であろうと、その基礎部分は良い制度と良い軍である。
良い軍を持たなければ、良い制度を成立させることができない。
良い軍とは、傭兵などを使わず、自国民で編成された自国軍である。
兵は報酬目当てだから、綱紀は乱れ、忠誠心もなく、平気で裏切る。
だから傭兵を雇えば平時には彼らに苦しめられ、非常時には敵に苦しめられる二重苦となる。今日イタリアがフランスに簡単に占領されたのも、傭兵に依存したイタリア人の
失敗である。

解説
日本の戦国時代にも雑賀衆や根来衆といった傭兵集団がいたが、主力は当然自国軍であった。しかし傭兵が盛んなヨーロッパでは、お金を払って浪人たちを雇い国の防御を任せたのだ。
彼らはしっかり働いたのか?自分の財産や家族を守るために戦っていたわけではないから、命がけで戦うはずもなかった。傭兵に土壇場で期待を裏切られ、結果滅亡した都市は数えきれなかった。
当然だが、自分の財産や生命に関わる重要な仕事を、他人に任せてはいけない。しかし、社会ではそうしたことで生じる問題がたくさんある。
ある銀行では自社のサーバーの管理を外注に依存していたが、ある日そのサーバーがハッキングされて業務が数日間麻痺した上、預金データを失ってしまった。全ての金融記録をコンピュータで管理しているのに、そんな重要な仕事を外部の会社に任せたのが失敗だった。会社の核心部分を外注に出すのは、あたかも傭兵に命を任せるようなものだから、注意しなければならない。

あなたが、もし運良く他人の力を借りて君主になったとしても、なった後に権力を維持するのはすこぶる難しいはずだ。なぜなら、その後のあなたの運命は、後援者の意志と彼らの政治生命、この二つに左右されるからだ。
この二つほど不安なものはない。後援者の心変わりとか、突然の没落などに、あなたも一緒に巻き込まれてしまうのだから。

解説
愛新覚羅溥儀は中国最後の皇帝(清王朝)である。1912年に清が滅亡した後、彼は満州領有の大義名分を必要としていた日本に担がれ「満州国」の皇帝となったが、大日本帝国の敗亡と共に満州国も地上から消滅してしまった。二度にわたって、皇帝から平民に転落したのであった。
ベルナルド・ベルトルッチ監督の映画「ラストエンペラー」で、満州国の皇帝となった溥儀が日本軍将校の前で「日本と満洲国との対等な関係」について演説するシーンがある。将校たちは憤慨し、一人、また一人と退席してしまい、最後には海儀一人が残る。この寂しいシーンは、日本国と満洲国の力関係を象徴するものとして、観客の心に残る。
自分の力ではなく、他人の力で握った権力とは、このようなものなのである。
今日でも、他人の力に依存する不安定なビジネスを目にする。偉大な創業者から会社を受け継いだ2代目社長、大手1社に依存する中小企業、自分は料理ができないがシェフを雇って食堂を経営するオーナー、プロデューサーに見出されて突然デビューしたアイドルなど…・・・・一見華やかなその地位は、実は砂上の楼閣であって、建てるのは一瞬だが崩れる時も一瞬である。
今の自分の立場がこういうものではないか、読者諸氏も考えてみて欲しい。
そもそも人間は恩を知らないし、気まぐれで、狡猾で、危険を避けるくせに欲には目がない。だから、あなたが恩を施している間は、自分の生命・財産・子供まで犠牲にするかのような素振りを見せるが、いざ窮地に陥ればしっぽを巻いて逃げてしまうのだ。
従って、人の忠識心や約束を信じて、いざという時のための準備を怠った君主は、自分の没落を自ら招くことになるのだ。

解説
人と人との信用を何より重視する人は、「他人も自分と同じく信用を重視してくれる人だ」としばしば錯覚する。そして他人が約束を守ることを前提として、仕事を進行するが、その前提が破られては全体に危険が及んでしまう。
1600年、豊田家家臣・石田三成は、秀吉の死後に急に影響力を増した徳川家康を討とうと、軍を起こした。大義名分は、豊臣家の守護である。近江の茶坊主であった三成は、秀吉に見出されて行政官像として身を立てたから、豊臣家への忠誠心は誰よりも強かった。
問題は、三成以外の西軍の諸将は利害関係を一にして集まった、いわば烏合の衆であって、命がけで微わうという気概のある者は少なかった。結局、家康の調略を受けた小早川秀秋や吉川広家などが裏切って、西軍の戦線は崩壊、三成らは捕らえられて処刑された。
他人を、信頼が置けるものと決めてかかる者は、このように破滅することになるから注意するべきだ。
幸道とは無関係に、自身の能力だけで王となった者にモーセ、キュロス、ロムルス、テセウスがいる。彼らの生涯を見ると、与えられたのはチャンスだけで、それを成功に昇華したのは、ひたすら彼らの力量だった。
モーセが指導者として成功できたのは、ユダヤ人がエジプト人の奴隷になっていた状況が好機となったし、キュロス王はペルシア人がメディア人に支配されていた状況を好機とした。彼らはこうした不幸な状況をも、自分の力量を使って成功へと結びつけたのだ。

解説
普通の人は運が悪ければ何とかしてそれを克服しようとするが、非凡な才を持つ者たちは、その状況をも利用して成功に結びつける。モーセやキュロス王は自民族が奴隷だったという環境を好機に転じ、成功したのである。
1991年、りんご生産量日本一の青森県を巨大な台風が襲い、およそ90パーセントのりんごが落ちてしまった。ほとんどの農夫は希望をなくしたが、ある者は残っている10パーセントのりんごを、どうすれば効果的に売ることができるか研究した。
そして彼は台風に晒されても”落ちなかった”りんごだということを強調し「合格りんご」と名付けて通常の10倍以上の価格で売り出した。当時は「まさか、そんな都合良く売れるものか」と思った人もいただろうが、これが学生や受験生に大当たりして、今尚ブランドとして親しまれている。
つまり、成功のためには運に頼らないことだけではなく、仮に運が悪くてもそれを逆手に取ってもっと大きな成功に結びつける努力が必要なのだ。