未読 | long island sound

未読


3.03 負けるな


先週の金曜日から携帯が文字通りの時計代わりになっていた。電話もメールも使えないし、万が一誰かが(誰だか知らないが)俺に電話しようと思っても繋がらない。


「お客様の都合により・・・。」そういう具合だ。


ポストの中にドコモからの請求書があったら数秒眺めては捨てた。「料金お支払いのお願い」…最初の何通かはその意味が理解できなかった。表にはいつも「重要」と「親展」という言葉が赤い文字で書いてあったが、その解釈にはいつも混乱した。まるで俺から何かを求めているようだったが、この俺には一体何ができるというのだろう。数週間にわたってそのハガキがごみ箱の底に溜まってきたが、俺にとって彼らの訴えはただの弱々しい提案にしか解釈できなかった。「お客様、払ったらいかがでしょうか?」、と。そして夜遅く、本から目を離して音楽を停止して、静まり返った部屋の中で耳を済ませたら彼らの無力な声が微かに聞こえた。しかしどんなに訴えかけられても俺の答えには変わりはなかった。「いや、今はいい。ありがとう。」


利用停止のお知らせが送られてきた時はもう既にハガキの封を切らずに捨てることにしていたから、夕方友達に電話しようとするまでは携帯が使えなくなったとは気付いていなかった。「東京駅付近で電波が三本並んでいるのに、なんで接続できないだろう?」


「…あっ、あれか?」


俺はそういう雑用を片付けるのは苦手な方なのだ。午前X時から午後Y時までZの持参の上、なんて俺には無理だ。実は秘書を雇うべきなのかもしれない。ドコモの料金を払ったり、洗濯物を干し場から取ってきたり、ツタヤで借りたDVDを返却したりするマイ・セクレタリーだ。


でもそこでもう一つの問題が浮かび上がるのだ。どんな優れたマイ・セクレタリーだとしても、タダで働くはずがない。つまり俺はその人の給料を定期的に払わなければならないということになる。勘の鋭い読者なら(管理画面の表示する情報によると、本ブログには一日20人ぐらいの訪問者がいるらしい。時に30人を突破するあの数は、俺を酷く混乱させる。何のつもりで見に来ているかはさっぱり分からないからだ。それについて考えると頭痛がする。俺を笑うためか?意味不明の片言の日本語を読むのが好きなのか?)予測はもうできているかもしれない。


なに、その問題は至極簡単さ―もう一人、マイ・セクレタリーの給与を払う役目を委ねられた秘書を雇えば済むことじゃない、とあなたは言うかもしれない。下手糞な日本語を読みたがる人にしては実に名案である。


「でもやっぱ駄目だ」と俺が言う。

「私が聞いていた限りでは、それでは全ての問題が解決されるのでは?」とあなたが言う。

「そうかもな…」でも俺の意識はもうそこにはないのだ。目が何か遠くにあるものを眺めているように、ぼんやりとあなたの頭の数センチぐらい上の空中に集中している。

「ね、ウィスキー飲まない?」

「いいね」

俺が微笑んで立ち上がり、本棚からジャック・ダニエルのオルド・タイム・ウィスキーとプラスチックのカップを二つ持ってパソコンのそばに置く。「ちょっと待って、氷を持ってくるから」


俺が部屋から出て娯楽室にある冷蔵庫から氷を取りに行っている間、あなたは部屋を見渡す。小汚い部屋だ。ドアのそばにごみが溜まっていて、窓際には色褪せたタオルと古雑誌が時間の流れに取り残されたように太陽の光を浴びて静かに眠っている。窓は少しばかり開いていて、近くの商店街から往き来している人の愉快なざわめきが聞こえる。窓に寄って外を眺める。素晴らしい天気だ。


「おう、ただいま」

「お帰り」とあなたが言う。「ねえ、大丈夫?こんなに朝早くお酒を飲んじゃって」

「なに、大丈夫だよ。久し振りのお客だから、少し盛り上がらないと」 それぞれのカップにウィスキーを注いでから、俺たちは乾杯する。