裸足のギタリスト | long island sound

裸足のギタリスト


2.26 pegmegのコウイチさん

倦怠感とI.W.ハーパーの名残が身体に混じり合い、血液が重たいどろどろとした鉛となって血管を流れる。二日酔いでもなければ憂鬱でもない、ただ余計な動き、余計な思考を省きたいだけの精神だ。


18年間も生きているのに、何故もっと上手な生き方ができないのだろう?


いや、考えるのをやめよう。こんないい気分を崩したくないのだ。


金曜日に山手線の列車でリサさんとばったり会ってしまった。東京のような大都会で俺の数少ない知り合いと偶然会うなんて、まず考えられないことだが、よりによってあの時に何故上智の人となんか会わなきゃならないんだ?考えるだけで頭が少し痛む。


俺、ばったりが苦手だよ。どのような話をすればいいか、どうやって別れればいいか分からないし、別れてからはいつもあまりぴんと来ない気分になってしまうし。


昨日は4時頃に起き、先週友人の紹介で会ったマリコさんの初イベントのライブに行ってきた。先週はadewのドラマーの黒田さんと一緒に居酒屋に行ったが、今度はギターとボーカルの人とも話ができた。そして2時になったら皆と車に乗り込み、寮まで送ってもらった(というか、皆が順番に送ってもらったのだ。まずは千葉県に行ってきて、やがて武蔵小金井に着いたのは4時半だった)。


今度の週末は改めて言語の優美さを知った。土曜日はそれが車の中、金曜日は2時過ぎのバー・カウンターで目にしたものだ。


俺は日本人が自分の母語で話していることをあまり意識しないのだ。あるいは自分が外国語で話していることを意識していないかもしれない。いずれにせよ、話し合っている時は両方が適切な言葉を選ぶために、ある程度努力しているというふうに無意識に解釈していると思う。


しかし人が疲れて、バー・カウンターか助手席の肘掛に肘をつき、頭を抱えながらぽつぽつと話す時が実に美しいと思う。手短で簡潔でありながらどことなく優雅だ。努力ではなく、極自然に零れ出る言葉。どんなに勉強しても、どんなに長く外国にいても取得することのできないあの流暢さを見ると感動する。自分の言語なら何とも思わないことだが、外国語を勉強する者にとっては高嶺の花だ。


不思議なもんだ。