柿色の数珠 | long island sound

柿色の数珠


9.18 墓地、其の二


琵琶湖の湖岸を沿って、京都へと漕ぎ出した。時刻は11時ごろだったと思う。空が蒼然と広がっていて、風が強かった。湖の水面が粗くて、感じとしてはiPodでかけていたグリーン・デイの「Boulevard of Broken Dreams」によく似合っていた。どんどん興奮し始め、数ヶ月にわたって溜まってきたストレスを一気に発散してしまうように全力疾走で自転車を走らせた。最初のところが丘が点在していて、風に圧迫されながらも立ちながら足でペダルを押し続けた。風の抵抗を最小にするべく身を屈ませ、ママチャリには随分珍しい身構えで走っていった。初めは逆の方向にサイクリングしている人達とよく擦れ違ったが、暫く走ると道が湖岸と段々に離れ、1時間も走っていないうちに湖と畑やら農家を隔てていたところに走っていた。周りの光景が湖岸の優しい緑と著しく異なり、視線をどの方向に移しても褐色の枯れた田畑と遥か彼方に峨々と聳え立っていた山ばかりだった。太陽の陽射しが烈しく、サイクリングコースとは思えないくらいざらざらとした風景で、砂漠を連想させた。道に迷ったのではと思い、右に折れて湖岸を沿った狭い道を見つけてからまた左に折れた。左手に古びた小汚い家が並んでいて、右手には雑草が生い茂っていて、その中に落ちていたポイ捨てされたゴミが所々姿を見せていた。そして相も変わらずその向こうに澄み渡った大空の下に琵琶湖が目の前に限りなく広がった。同じ数々の田畑越しに以前に走っていた道路が見えた。イヤホンから流れている曲がいつの間にB’zに変わり、京都への自転車の旅がどことなく落ち着いた感じとなった。


あの田舎の裏道はとても綺麗だった。10分走ったら松林が琵琶湖との間に茂っていたところに着いた。時折道端に茅みたいなものを燃やしていた、背筋の酷く歪んだ老婆を見かけたり、酷暑に耐えながらジョギングをしていた中年男性の二人組を追い越したりした。そして暫くそう走っていると、延々と続いていた松林が唐突と絶え、墓地が見えてきた。そのような墓地は見たことがなかった。穏やかで洗練された感じだった。東京で見た墓地はどれも墓がぎっしりと詰まっていて、見るだけで息苦しくなってしまったのだ。田舎に住んでいた頃でも墓と墓との狭い間を潜り抜けるのが困難で、お墓の整理も怠られて薄汚かった。でもこの墓地はきちんと手が届いているらしくて、洗練された感じだった。入り口のところがちょっとした坂になっていて、墓地が道路の地面より高かった。中に砂利と砂が敷いてあり、入念に整頓された柴が点々植えつけられていた。お墓が磨かれていて太陽の光を浴びて白く光っていた。その後ろに巨大な仏像が設けていて、お墓を見守っているように見えた。穏やかな雰囲気の背景に湖が広々と横たわり、波の音が微かに聞こえた。松林を吹き抜ける風が漕ぎ始めた時に迫ってきたのと別のもののように変わっていて、汗を滲んでいた肌を優しく撫でていた。安らかに眠るという文句には以前多少違和感を抱いていたが、なるほどこういうことかと言わんばかりに仏像を眺めた。こんなところなら確かにぐっすり眠れるだろう、永遠に。カメラを鞄から取り出し、何度もシャッターを押した。いくら写真を撮っても足りない気分だった。帰ってからもそう思った。