沿岸 | long island sound

沿岸


9.18 墓地

彦根に着いたのは10時過ぎだった。太陽が眩しくて、一昔歩いていた、白く輝いていた駅前の道に目を細めさせられ、まるで蜃気楼みたいだなと思った。捨てたはずのオモイデのあの街に、僕は帰ってしまった。


ホストファミリーの家から逃げてから当時通っていた日本語学校の寮に引っ越した。それは仮の住まいで来週は他の学生が入ってくるから、それからはどうなるかは後で決めることになっていた。学校側にそう言われたが、実は僕は二泊しか泊まるつもりはなかった。先生方に告げておいたが、学校の事務所にちゃんと報告せずに7月27日、つまり18歳の誕生日の朝早く僕は東京に発ったのだ。彦根市から出た時は台風が接近しつつあり、早朝の空は雲で覆われていて木々が凄い勢いで吹き動かされていた。彦根駅でJRの快速に乗り、米原で新幹線に乗り換え、東京に向かった。


そこで色々な経験をし、沢山の人に出会った。


今あの日々を振り返ってみると、現実感がない。時間が縮んだりゆっくり流れたりした、夢のような日々の中、変なことや自分でもあまり信じられないほどとんでもないことが多くあったのだ。


そして9月に深い憂鬱に襲われつつ、再び彦根に戻ることにした。あそこの駅の近くにあった駐車所に預かってもらっていたママチャリに跨り、京都まで漕いていこうと決心した。上京した時に取り残した自転車を京都に留学している友達に上げる。相当簡単な理由で旅立ったが、自分の為にやらなきゃいけないことだという、なんとなくそういう気がした。



9.18 kameari_small

昨夜は1時まで部屋を掃除したり、地図を用意したり、旅の間聴く曲を一つのプレイリストに整理したりしていた。寝ておかないと駄目だと分っていたが、興奮のあまりなかなか寝付けなかった。眠りが浅くて、午前4時目覚まし時計が鳴った瞬間にベッドから飛び出し服を着た。洗濯したばかりのジーンズがまだ濡れていたが、すぐ乾くだろうと思ってその気色悪さに耐えながら履いた。グレイのジーンズに黒の袖なしのTシャツと、その上にベージュ色の襟のついたシャツという恰好でアパートを出かけた。



9.18 米原へ出発

亀有。西日暮里。東京。新幹線までは緊張していて手に持っていた本が読めないぐらいだった。字に目を通しても意味が伝わらなかった。頭がほかのことでいっぱいだったのか、とにかくただじっと窓を眺め続けた。薄暗く照らされていた川や住宅地や鉄の橋や、窓に映って見えた自分の顔。新幹線に乗ってからも、写真を撮りながら車窓を見ていた。朝日を反射して煌いていた東京がとても美しくて、途切れなくシャッターを押し続けた。



9.18 米原駅のホームにて 9.18 近江近鉄


米原に着いてから駅を出て、近鉄に乗った。東京の電車と違ってゆったりとした感じで、車両の中はがらんとしていた。9月にしては随分蒸し暑いなと思ったが、電車の中は風通しがよくて気持ちよかった。



9.18 甘酸っぱい旅の始まり

2ヶ月ずっとほったらかしにしてしまっていたが、駐車所で輪に空気を入れたら自転車が滑るように走ってまるで新品のようだった。座り心地が良くて、肌に感じた風がとても懐かしかった。街を通り抜けて、湖岸の方に自転車を走らせた。岸辺に着いてからシャツを脱いで鞄の中に押し込み、iPodを取り出して昨夜作っておいたプレイリスト、「琵琶湖」を再生して漕ぎ出した。