last siren | long island sound

last siren

12.13 マイ影


12日の真夜中レンタルビデオの所に行って、レジに行ったらあまり見かけない店員さんに一枚のCDと「ハチミツとクローバー」というアニメの最初の2巻のDVDを手渡した。いらっしゃいませとまるで独り言のように聴こえない声で呟き、全く無愛想な奴だと思ったが、次の瞬間にその理由が解った。彼がDVDを手に取って顔の辺りまで持ち上げ、「第一巻」と記されたところを指で指した。「ワン、ツー、OK?」何かを必死に目で訴えながら彼は言った。当時訳が分からなかった俺は「はい?」としか答えられず、彼は困った表情で途方にくれた。「すみませんが、どういうことですか?」と俺が言っても彼は碌な返事をしてくれなかったが、俺がやっと彼の不思議な身振りの意味を解き、「ああ、はい。第一巻と第二巻ですね。はい、間違いありません。」と言った。そのお店でアニメを借りる時誤って違う巻を借りてしまう客が多いか、借りる際に店員がそれを確認するように言われている。しかし謎が解けても、多分に俺が彼の言うことが聴き取れなかったせいで、彼との会話がなかなか成立せずに、ただ何となくDVDを借りる事が出来た。それで俺は更に自分の日本語に自信を喪失してしまった。


今日西洋政治史で先生が試験の工夫について説明した。問はたった一つの論文で、先生がそれを黒板に書き写してから学生の質問に答え始めた。皆の前に質問をする勇気がなかったので授業が終わるまで待ってから先生に訊いた。アメリカでは到底考えられない、事前公開された1問といった試験だと聞いて嬉しかったが、それではテストの前にエッセイを書いてそれを丸暗記することだって可能ではないかと少し混乱した。でも実は全くその通りだと、先生に教えてもらった。そして彼が余計なことを言ってしまった。


「君なら英語でもいいよ」


俺はこれでもう半年ぐらい日本に滞在しているから、特別扱いはされたくないなんて贅沢は言わない。ほかのところはともかく、東京だとそれは当たり前。むしろ手伝って貰わないと困る外国人も少なくはないから、ビデオレンタル屋さんの店員のような人は多分思いやりがあるから、片言の英語でもいいから、俺とより愉快に接客するように努力してくれている。「大きなお世話だ」という気持ちはなくはないが、少なくとも最初日本に来た頃よりそれを分かろうとしている。


しかし、教授に「英語でいいから」と言われたらどうしようもないぐらい無力な気持ちになってしまう。自給800円の店員と違い、あの先生は気持ちだけでなく実力もある。俺は英語で解答したら彼はそれを完璧に解読できるだろうし、英語だとエッセイにおいては自信たっぷりの俺も輝けるし、先生が俺の拙い日本語を読まずに済むことになる。一方日本語にこだわる場合には、今度お節介を焼いているのは俺の方だ。どうせ英語を使うと二人とももっと楽になれるから、意地を張らないで英語で答えるべきだという考え方は決して間違ってはいないだろう。自分の日本語を磨く為に留学に来ていることはともかく、それは歴史の教授とは無関係で、彼の授業を日本語の力試しとして使っては迷惑だ。