玉昆金友 | long island sound

玉昆金友

ジョギングをしている間に回顧する一方、勉強に夢中になると遂に将来について考える。特に漢字の書き繰り返しに励んでゆくと、とんでもない、更に全く根拠がない空想に襲われてしまう。


徹宵の漢字練習の途中に時折親友のことを思い出した。


親友と言っても、実は彼と殆ど連絡を取っていない。彼は今何処に、何をやっているかさえも皆目知らない。


それこそ、友情だ。


高校3年生になったら、彼と友達になった。いつも昼食を過ごしていたし、放課後残された時も一緒だった。


俺の高校は実に独創的な居残りの制度があった。遅刻、飛行等に因ってジャグという矯正手段をやらされた。ジャグというのは、校庭の外周を一時間も黙って歩く懲罰だ。Justice Under God(神に従う処罰)の頭文字から作った略だ。花一輪もない索漠とした校庭のコンクリート地面が、周りの校舎に圧倒的に囲まれていた。天上を自由に漂ってた雲しか見える風景がなかったあの校庭を何百時間も歩き回っていったら、ジャグという略がどんどん嫌味っぽく聞こえてくる。Justice Under Godという英語は、「神の下の正義」とも解釈できる。


親友と俺が二人とも遅れがちな人間なので、毎日のようにジャグに行く羽目になった。同じクラスが殆どなかったし、二人ともよく欠席をしたが、ジャグのお陰で何時間も話し合う機会があった。確かにジャグで黙るべきだけど、ジャグ以上厳格な罰はなかったし、二人とも歩くのに慣れていた為、枝葉末節に気にすることはなかった。二人とも多く溜まってきたジャグを完遂していた最中で、その上もう一回やらなければならないと言われても大した警戒にはならなかった。大体ジャグは一日に一回放課後に行われるし、冬になったら俺は毎日行っても20、30回という、日毎に増えた刑期に服していた。彼の刑は確か或る時記録的な70回に達したことがある。つまり、学期末まで残っていた日の数を上回ってしまった。終身刑を努めている囚人はそれ以上宣告されたら構うものか?


本当に嫌な時代だったが、少なくともジャグで話し合えていい友達になった。皮肉と嫌味に富んだ対話だったが、自分の意見を堅く述べることで自分の観念や価値観を固めることができた。主に話題となったのは、将来だった。あれ程嫌な高校じゃ当然だろう。


でも将来に着いてどんなに話したところで、希望や夢を実現しないと意味がない。だから卒業してからお互いの人生に邪魔しないように約束をした。入学して最初のうちに時にメールのやり取りをしたし、冬休み一度会ったが、春になったら一切話さなくなった。話して嫌だという訳じゃない。唯話してはならないだけだ。高校時代あんなにでっかい夢を目指していたから、それを実際に掴むまで話す訳にはいかないだろう。


高校時代二人とも愛想に不足していたが、彼は本当に呆れる程だった。待ち合わせしようと自分から言ったくせに出てこなかったり、一緒に帰ろうと約束があっても5分も待てくれなかったりしたが、頭がよくて、当意即妙で、本当にいい奴だった。今どんな人になっているだろう?


半分好奇心、半分連絡先が変わったじゃないかという心配のまま先週彼にメールを出した。3年後(俺の場合は4年間かな)お互いの卒業式に顔を出すまで口を利かない約束がったが、俺の恒久的なアドレスを知らせたメールに、この間上野公園で撮った写真を添付して送った。しばらく返事が来なかった。


4、5日後やっと返信が来た。やっぱり彼はあのアドレスを放置したらしい。「元気でやってる」以外大事なことが書いてなかった。何か面白いことがあったら又メールするって。


ちなみに彼に拠ると俺らの同級生の一人が俳優さんになったらしい。全く。誰だかはっきり覚えてないけどきっと嫌な奴だっただろう。俺の同級生の殆どが傲慢な餓鬼だった。


俺もそうだったけど。